主要事件判決8  「フェノール性酸化防止剤-サポート要件事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(フェノール性酸化防止剤-サポート要件事件)
-平成24年(行ケ)第10076号、平成24年10月29日判決言渡-

判示事項
(1)発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識からは本願発明に係る組成物を製造することはできないというのであれば、これは特許法36条4項1号(実施可能要件)の問題として扱うべきものである。審決は、本件出願が特許法36条6項1号(サポート要件)に規定する要件を満たしていないことを根拠に拒絶の査定を維持し、請求不成立との結論を出したものであるから、被告の上記主張は、審決の判断を是認するものとしては採用することができない。なお、被告は本願発明の具体的な製造を確認した例の記載はないと主張するが、サポート要件が充足されるには、具体的な製造の確認例が発明の詳細な説明に記載されていることまでの必要はない。
(2)発明の詳細な説明には、生物蓄積性についての課題が解決できることを示す記載はない。しかし、発明の詳細な説明の記載から、本願発明についての複数の課題を把握することができる場合、当該発明におけるその課題の重要性を問わず、発明の詳細な説明の記載から把握できる複数の課題のすべてが解決されると認識できなければ、サポート要件を満たさないとするのは相当でない。
(3)本願明細書の発明の詳細な説明における課題解決の記載
発明の詳細な説明には、「これらの単環ヒンダードフェノール化合物は水溶性であり、そして多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤よりも揮発性である。多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤はそのより高い分子量により、水溶性が一層低く、しかも揮発性が低い。」(段落【0008】)と記載されているが、この記載は、単環フェノールがメチレン架橋化多環フェノールよりも、より揮発性であり、より水溶性であり、油溶解性が低いという当業者の技術常識に沿った記載である。また、発明の詳細な説明には、「低揮発性成分は、潤滑剤の使用期間中に蒸発により失われないのでより効果的な酸化防止剤である。それゆえにそれら(判決注:酸化防止剤組成物のこと)は潤滑剤中に留まり、潤滑剤を…酸化の悪影響から保護する。」(段落【0022】)と記載されているところ、酸化防止作用を示す成分が揮発することによって減少すれば、組成物の酸化防止能も減少するので、組成物中の揮発性の成分の量を減らすことにより組成物の酸化防止能が向上することも、当業者の技術常識に沿った記載である。
このように、発明の詳細な説明には、非常に低レベルのOTBP、DTBP及びTTBPの単環ヒンダードフェノール化合物を含有することによって、従来のメチレン架橋化多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物よりも向上した油溶解性を有する組成物を得ることができ、また、低い揮発性を有し、その結果、向上した酸化安定性を有する組成物を得ることができる点が記載されているということができるから、発明の詳細な説明の記載から、本願発明の構成を採用することにより本願発明の課題が解決できると当業者は認識することができる。
したがって、発明の詳細な説明は、請求項1に係る発明について、その発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとして記載されているということができるから、請求項1に係る発明は発明の詳細に記載されているということができる。これとは異なるサポート要件に関する審決の判断には誤りがある。

事件の骨組
1.本件の経緯
平成14年 3月15日 特許出願  特願2002-72173号
発明の名称「ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物」
平成20年 2月22日 拒絶査定
平成20年 6月 9日 審判請求    不服2008-14384号
平成23年 9月 5日 意見書及び手続補正書 
平成23年10月11日 審決   「本件審判の請求は、成り立たない。」

2 本件審決の概要
発明の詳細な説明には、従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤よりも、「向上した酸化安定性、向上した油溶解性、低い揮発性及び低い生物蓄積性」を有することを課題とし、「非常に低レベルの単環ヒンダードフェノール化合物を含有する新規なヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物」である本願発明によれば、上記課題を解決できると記載されているものと認められる。
しかし、発明の詳細な説明には、本願発明の組成物を具体的に製造し、その酸化安定性、油溶解性、揮発性及び生物蓄積性について確認し、上記課題を解決できることを確認した例は記載されていないから、本願発明が、発明の詳細な説明の記載により、上記課題を解決できると認識できるものとはいえない。
また、従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤よりも低レベルの単環ヒンダードフェノール化合物、すなわち、「(a)3.0重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール、(b)3.0重量%未満の2,6-ジ-tert-ブチルフェノール、および(c)50ppm未満の2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む」ことにより、「酸化安定性、油溶解性、揮発性及び生物蓄積性」が改良されることが、当業者であれば、出願時の技術常識に照らし認識できるといえる根拠も見あたらない。そうすると、具体的に確認した例がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし、本願発明の課題を解決できると認識できるとはいえない。
本願発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められないし、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないから、この出願の特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項1号に適合しない。

3.当事者の主張
〔原告の主張〕
審決には、次のとおり、本件出願に係る特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に規定された要件に適合するかについて判断の誤りがある。
-以下、省略-

〔被告の反論〕
1 「特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であるか」につき
「特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明」であるといえるためには、単に特許請求の範囲に記載された発明が、形式的に発明の詳細な説明に記載されているだけでは足りず、実質的に発明の詳細な説明に記載されていることが必要である。しかし、本願明細書の発明の詳細な説明には、①本願発明の課題である「向上した酸化安定性、向上した油溶解性、低い揮発性及び低い生物蓄積性」を達成し得ること、及び②本願発明の組成物の具体的な製造、を確認した例は記載されておらず、これらが技術常識により当然に予想できるとする技術的根拠も記載されていないのであるから、本件出願の「特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明」であるということはできない。

2 「特許請求の範囲に記載された発明が、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえるか」につき
本願発明に係る組成物は、従来公知のヒンダードフェノール性組成物と同じ成分からなるものであるから、酸化防止剤としての基本的な性質を有していることは明らかであり、そのような基本的性質を有していた組成物について、揮発性の低下や油溶解性の向上が、実際の使用状態での「酸化防止剤」としての性質に対して、有意な改善効果をもたらすか否かは、当業者にとっても具体的なデータが示されていなければ到底認識し得ないものである。
さらに、前記のとおり、本願発明の組成物において、「組成物が非希釈基準で、(a)3.0重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール、(b)3.0重量%未満の2,6-ジ-tert-ブチルフェノール、および(c)50ppm未満の2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む」というように極めて高度に精製された組成物を、具体的にいかなる手段で製造できるのかが本願明細書には明らかではなく、当業者に自明でもない。
そして、発明の詳細な説明には、「向上した酸化安定性、及び低い生物蓄積性」という、本願発明の課題を達成し得ることの技術的裏付けも記載されていないし、「向上した酸化安定性、及び低い生物蓄積性」という本願発明の課題を達成し得ることが技術常識により当然に予想できるとする技術的根拠も記載されていない。

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

 原告   アルベマール・コーポレーション
 被告   特許庁長官