主要事件判決7  「単回投与免疫方法-進歩性事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(単回投与免疫方法-進歩性事件)
-平成23年(行ケ)第10352号、平成24年8月28日判決言渡-

判示事項
(1)引用例には、「少なくとも請求の範囲第1項に記載のバクテリンの1回用量をブタに投与してマイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫することを含む免疫方法」、「この発明は、マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって、マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫するために、バクテリンの少なくとも1回用量をブタに投与することを含む免疫方法をも提供する」と記載されている。上記記載の通常の意味からすれば、引用例記載の発明は、マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法を提供するものであって、その方法として、バクテリンを単回投与する免疫方法を含むものと理解される。
一方、引用例には、「このバクテリンは、好ましくは2回ブタに投与される。その1回はブタの誕生後約1週間、もう1回は約3週間である」との記載があり、単回投与の実施例の記載はなく、実施例である例4には、1週齢と3週齢との2回、不括化ワクチンをブタに投与する免疫方法のみが開示されているが、好ましい実施例として2回投与の免疫方法が記載されているからといって、それだけで、当該免疫方法のみが引用例に開示されているということはできない。

(2)
a 上記(1)イ、ウによれば、甲17には、ヒトが、免疫を得るためには複数回の接種を行う必要があること、甲18には、ヒト、ブタなどの脊椎動物の免疫系は、微生物等の非自己抗原を精密かつ特異的に識別し排除すべく進化したことが、それぞれ示されているといえる。一方、上記(1)エ、オ によれば、本願の優先日当時においても、ブタやヒトについて、単回投与で有効なワクチンもあるとの知見も示されているといえる。
そうすると、免疫を付与し維持するために追加接種が有効であるという一般論としての技術常識が存在するとしても、それが、引用例の記載の「1回用量をブタに投与」を除外して、実施例に記載された2回投与の発明しか把握できないほどの絶対的な知見とは認められない。特に、甲8・乙1は、引用例公開前に発行された論文であるから(上記(1)エ )、引用例において、1回用量を投与することを実質的に除外したとか、形式的に記載したのみであるということはできない。
b また、上記(1)ウ によれば、一次抗原刺激後の免疫応答と二次抗原刺激後の免疫応答を比較すると、抗体産生の時間的経過、抗体価、産生される抗体のクラス及び産生抗体の親和性の点で、二次抗原刺激後の免疫応答の方が優れており、2回目のワクチン投与によって得られる抗体が、1回目のワクチン投与によって得られる抗体より、優れた特徴を有することが記載されているといえる。
しかし、「2回目のワクチン投与によって得られる抗体は、1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて、格段に優れた特徴を有する」との技術常識が存在するとしても、上記aに照らすならば、当業者は、2回以上のワクチン投与が必須であるとは考えず、生体防御に足りる免疫が付与できる最低限の接種回数を採用することがあるものと解される。

(3)上記アのとおり、好ましい実施例として2回投与の免疫方法が記載されているというだけで、当該免疫方法のみが引用例に開示されているということはできない。
また、上記(1)ア によれば、引用例記載の実施例である例4は、投与回数に着目した実験ではなく、生体防御のためのワクチン投与の最小量を検討したものである。この実験では、種々の投与条件を変化させて単回投与した場合の結果と2回投与した場合の結果を比較したものではないから、単回投与によっては、いかなる条件でも2回投与した場合以上の免疫効果が得られないことが示されたとはいえない。そうすると、この実験において1回目のワクチン投与により得られた抗体価が小さかったことは、1回目のワクチン投与量を評価するための材料とはなり得ても、単回投与を否定する根拠にはなり得ない。
したがって、引用例の実施例の記載をみても、審決における引用発明の認定が誤りであるとは認められない。

事件の骨組
1.本件の経緯
平成14年 6月 7日 特許出願  特願2003-509957号
発明の名称「 マイコプラズマ・ハイオニューモニエ
(Mycoplasmahyopneumoniae)を用いた単回ワクチン接種」
平成19年12月17日 拒絶査定
平成20年 3月19日 不服審判を請求  (不服2008-6757号)
平成20年 4月18日 手続補正書提出
平成23年 6月24日 審決 「本件審判の請求は、成り立たない。」

2 本件審決の概要
本願発明は、本願補正発明から「マイコプラズマ・ハイオニューモニエ ワクチン」を限定する「不活性化された」との事項を省いたものであり、本願補正発明が、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も同様の理由により、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本願の請求項1に係る発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。本願は拒絶すべきものである。
審決が認定した引用発明の内容並びに本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
ア 引用発明の内容
-省略-
イ 一致点
-省略-
ウ 相違点
(ア) 相違点1
本願補正発明では、投与されるブタについて、「3~10日齢」のものに限定されるのに対し、引用発明では「3~10日齢」に限定されていない点。
(イ) 相違点2
本願補正発明では、ワクチンの投与回数が「単回投与」に限定されるのに対し、引用発明では「単回投与」に限定されていない点。



3.当事者の主張
〔原告の主張〕
(1) 引用例記載の発明の認定の誤り(取消事由1)
本願の優先日である平成13年7月2日の技術常識では、不活化ワクチンの接種により免疫を得るためには複数回のワクチン投与が必要であり、2回目のワクチン投与によって得られる抗体は、1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて、格段に優れた特徴を有することが認識されていた。すなわち、
(ア) 不活化ワクチンで免疫を得るためには、複数回のワクチン投与が必要であることについて
-省略-
したがって、本願の優先日において、不活化ワクチンの接種により免疫を得るためには、複数回のワクチン投与が必要であることが、技術常識であったといえる。
(イ) 2回目のワクチン投与によって得られる抗体は、1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて、格段に優れた特徴を有することについて
-省略-
したがって、本願の優先日において、2回目のワクチン投与によって得られる抗体は、1回目のワクチン投与による抗体と比較して、格段に優れた特徴を有することが技術常識であったといえる。

 また、引用例の実施例には、1週齢と3週齢とに2回、不活化ワクチンをブタに投与する免疫方法のみが開示されており、不活化ワクチンを単回投与する免疫方法は記載されていない。
そうすると、引用例の特許請求の範囲に「20.マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって、少なくとも請求の範囲第1項に記載のバクテリンの1回用量をブタに投与してマイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫することを含む免疫方法。」、発明の詳細な説明に「マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫するために、バクテリンの少なくとも1回用量をブタに投与することを含む免疫方法をも提供する。」と記載されているとしても、これらは、少なくとも1回用量と述べるにとどまり、他の方法、特に、単回投与によりマイコプラズマ・ハイオニューモニエの感染に対する免疫をブタが得ることができるかについて開示するものではないというべきである。
(2) 相違点に関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)
-省略-

〔被告の反論〕
(1) 取消事由1(引用例記載の発明の認定の誤り)に対し
甲8、乙1(回答書添付の参考資料6)には、不活化ワクチンの単回投与で免疫が得られる場合のあることが示されているといえるから、「不活化ワクチンで免疫を得るためには、複数回のワクチン投与が必要である」ことが、本願の優先日における技術常識であったとはいえない。
また、甲18には、ワクチンに限らない、抗原による刺激に対する免疫応答の一般論が記載され、ワクチンを含めた抗原で刺激した場合、一次抗原刺激であれ二次抗原刺激であれ、病原性により免疫機構が回復し得ないほどの障害を受けない限り、甲18記載のような免疫応答がなされるものといえる。そして、ワクチンを投与する場合、単回投与で有効なものもあるから(甲8、乙2)、複数回のワクチン投与が必須とはいえない。そうすると、「2回目のワクチン投与によって得られる抗体は、1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて、格段に優れた特徴を有する」とか、技術常識として2回のワクチン投与が必要であるとはいえず、引用例にワクチンを単回投与することが記載されていないともいえない。

 引用例の実施例である例4は、「最小防御投与量」に関する研究において、バクテリンの「投与量」を増減させて試験した結果に基づいて「最小防御投与量」を求めたものであり、バクテリンの投与回数に着目して指針を導き出したものではない。そして、表6記載の測定値及び例4における考察から結論づけることができるのは、ワクチンの2回投与時において、投与される抗原量によって免疫を得ることができること、すなわち、抗原量が不足すれば当然の結果として免疫を得ることができないという点にとどまり、単回投与では免疫を得ることができないことについては何ら記載も示唆もされていない。また、表5に示されている数値では、バクテリン投与に関する定性的傾向は理解できるが、「実際の時間経過や抗体価は、抗原の種類や抗体産生を行なう動物の種によって異なる」ものであり(甲18)、表5における4週齢又は7週齢の抗体価が、甲18の図8.2における二次応答のピーク、すなわちプラトー期のものに対応することは明らかにされていないから、4週齢又は7週齢の抗体価に基づいて一次応答における抗体価を推定することはできない。表5における3週齢の抗体価が1週齢のものと比べて低いとしても、試験対象として用いたブタの「抗体産生の時間的経過」が不明であり、1週齢における単回投与と1週齢及び3週齢の2回投与とで比較した結果が引用例に記載されていないから、引用例の実施例が、直ちに単回投与を否定するものとはいえない。
したがって、引用例の実施例には、引用例に不活化ワクチンを単回投与する方法が記載されていないとはいえない。また、本願の優先日当時、単回投与で効果を奏しないとの技術常識があったとすべき事情もない。そうすると、「少なくとも1回用量をブタに投与する」、「好ましくは2回ブタに投与される」との記載からしても、引用例にはバクテリンを1回又は2回以上投与することが開示されていると理解するのが自然である。
(2) 取消事由2(相違点に関する容易想到性判断の誤り)に対し
-省略-

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

 原告   ファイザー・プロダクツ・インク
 被告   特許庁長官