主要事件判決4  「樹脂管周方向応力σによる特定-進歩性事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(樹脂管周方向応力σによる特定-進歩性事件)
-平成23年(行ケ)第10186号、平成24年4月11日判決言渡-

判示事項
取消事由1(無効理由2に係る相違点3の判断の誤り)について判断する。
(1)審決は、本件発明と甲4発明との間の相違点3は容易想到でないと判断した(60頁)。しかしながら、この判断は誤りであり、その理由は次のとおりである。なお、以下の判断の前提事実として、無効理由5、6で主張された公用物件についても触れるが、無効理由2を裏付ける補強事実として認定するものである。

(2)本件発明は、特許請求の範囲において、「硬質塩化ビニル系樹脂管」という「物」に関するものであり、この「物」は、「顔料として有機系黒色顔料が添加された塩化ビニル系樹脂」という材料から製造されたものであること(構成A)、及び「3500kcal/m2・日以上の日射量が存在する環境下に20日間静置された後の、下記式(1)から算出される周方向応力σ の最大値と最小値の差Δσ 
σ=[E/(1-R2)]・t/2・(1/r1-1/r0) (1) 
E:引張弾性率 R:ポアソン比 t:肉厚 r0:切開前内半径 r1:切開後内半径」という特定の評価方法によって、評価結果Δσが2.94MPa以下という数値を充足すること(構成B)が特定されている。すなわち、「物」の製造材料の構成Aと、特定の評価方法による評価結果の構成Bから特定されるものである。

(3)本件発明における構成Bは「3500kcal/m2・日以上の日射量が存在する環境下に20日間静置された後の、下記式(1)から算出される周方向応力σの最大値と最小値の差Δσは2.94MPa以下」であるが、上記認定事実からすれば、本件出願日当時そのような構成が公用となっていた上、被告の主張によれば、「2.94MPa以下」という数値限定は許容できる湾曲度をσの値で特定しただけのことであり、そこに格別の意義があることの説明がない以上、その構成をもって新規性及び進歩性を判断するのは相当ではない。

(4)甲4の特許請求の範囲1の「赤外線透過性がすぐれた有機着色剤」にはその文言からしても、また実施例に黒色に調色された有機系顔料が記載されていることからしても、「黒色」の「有機着色剤」も含まれると解されるし(言い換えれば、「黒色」が除かれているとは解されない。)、特許請求の範囲2の「組成物」には成形品の典型例である管も当然含まれると解される。また、被告は、発明の効果が実際に検証されているのは「シート状物」であると主張するが(前記被告準備書面16頁)、頒布された刊行物に記載された発明を認定するにあたって、その効果が検証されていることは必ずしも必要ではないと解される。

事件の骨組
1.本件の経緯
平成14年10月16日 特許出願  発明の名称「硬質塩化ビニル系樹脂管」
特願2002-302163号
基礎出願:特願2002-60814号
平成20年 8月15日 特許登録 特許第4171280号
平成21年12月24日 訂正請求   訂正認められる。
平成22年 8月19日 原告ら、無効審判請求 無効2010-800143号
平成22年11月24日 訂正請求  能登に取り下げたとみなされる。
平成23年 3月 1日 訂正請求 
平成23年 4月26日 審決
「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」

2 本件審決の概要
(1) 無効理由2について
①甲4(特公昭61-50100公報、被告が出願人)には、実質的に以下の発明(甲4発明)が記載されていることが認められる。
-以下、省略-
②本件発明と甲4発明の一致点と相違点は次のとおりである(42頁)。
【一致点】
「顔料として有機系黒色顔料が添加された硬質塩化ビニル系樹脂からなる成形品であって、夏期高温時の環境下に20日間以上静置された後の、変形が防止される、硬質塩化ビニル系樹脂からなる成形品。」
【相違点1】
硬質塩化ビニル系樹脂からなる成形品に関し、本件発明では、「管」であるのに対し、甲4の発明では「シート状物」である点。
【相違点2】
夏期高温時の環境下に静置する条件に関し、本件発明では「3500kcal/m2・日以上の日射量が存在する」環境下に20日間静置されているのに対し、甲4発明では、南向きの屋外曝露台上に700日の間のせ、晴天下の太陽光線に曝して曝露した点。
【相違点3】
変形が防止されるために成形品が有する物性の特定方法に関し、本件発明では「下記式(1)から算出される周方向応力σ の最大値と最小値の差Δσ が2.94MPa以下」であり、式(1)が
「σ=[E/(1-R2)]・t/2・(1/r1-1/r0) (1) 
E:引張弾性率 R:ポアソン比 t:肉厚 r0:切開前内半径 r1:切開後内半径」であるのに対し、甲4発明ではシート状物の外観が白化する迄の日数である点。
③以下の理由により、本件発明は、甲4発明、甲5(特開昭62-30202号公報)ないし甲6-1(大日精化工業株式会社「大日精化ニューマテリアルズカタログ」平成11年3月1日発行)記載の事項、原告らが提出した甲各号証・各参考資料に記載の事項、周知の技術、及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

3.当事者の主張
〔原告の主張〕
1 取消事由1(無効理由2に係る相違点3の判断の誤り)
塩化ビニル系樹脂管を含むプラスチックパイプの技術分野において、残留歪みないし冷却歪み(円周方向の歪み)の評価項目としてパイプの周方向応力「σ」が周知(甲18~23)であった上、塩化ビニル系樹脂管の技術分野で特定の指標を評価する際、その最大値を最小値との差を評価の対象とすることは周知の手法であったことからすれば(甲43の段落【0027】、甲44の段落【0037】、甲45の【0103】~【0104】)、いくつかの部位をサンプリングして「円周方向応力σ」の最大値と最小値を評価項目として考慮することは自明事項として周知技術(甲18~23)から容易に導き出せたものである。
そうすると、塩化ビニル系樹脂管の日照による湾曲の抑止という本件出願時において周知の課題(甲1の5頁「2.2.2」の3行~5行、甲2の1欄30行~40行、甲3の1欄11行~17行、甲4の2欄8行~17行、甲8の2頁「2.3(1)」参照)に基づき、その物性評価を行うに当たり、甲18~23により周知の「(式1)による周方向応力σ」をパラメータとし、当該管における周方向の最大値と最小値との差を取得することをもって湾曲の物性評価に供することは、周知の知見に基づき当業者が容易に想到できたことである。

「2 取消事由2(無効理由4に係る一致点の認定の誤り)」 ~ 「10 取消事由10(無効理由10に係る判断の誤り)」
-省略-

〔被告の反論〕
1 取消事由1に対し
甲4発明においては、「晴天下の太陽光線に1時間」という短い時間におけるシート状物の表面温度の上昇と熱変形を評価しているところ、このことは、「シートのような薄いプラスチック成形品が、短期的かつ全体的な昇温により変形するのを防ぐことにあることを示している。他方、本件発明において防止しようとしている管の湾曲とは、日光に照らされている部分については応力緩和が進行し管が寸法収縮するが、日光に照らされていない部分については応力緩和があまり進行しないため、管の寸法収縮がほとんど起こらないことから生じる湾曲である。そうすると、甲4発明におけるシート状物のような薄いプラスチック成形品が短期的かつ全体的に昇温される場合の変形防止策は、本件発明とは本質的に異なるものであるから、甲4発明に開示される技術思想では管の変形を防止できない。よって、相違点3につき、技術思想の全く異なる甲4発明を端緒としては、当業者が容易になしうるというべき理由がない。さらに、相違点3、すなわち、管のΔσを2.94以下とする点はもちろんのこと、管の湾曲度合いをΔσによって規定することについてすら、原告らが挙げるいかなる文献についても何ら記載がされていない。したがって、審決が、相違点3について、当業者が容易に想到し得ないと判断した点に誤りはない。

「2 取消事由2に対し」 ~ 「10 取消事由10に対し」
-省略-

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

 原告   株式会社クボタ
      クボタシーアイ株式会社
 被告   積水化学工業株式会社