主要事件判決7  「緑内障等治療剤-「有効量」、「併用と配合」の進歩性事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(緑内障等治療剤-「有効量」、「併用と配合」の進歩性事件)
-平成22年(行ケ)第10301号 平成23年7月19日判決言渡-

判示事項
(1)「有効量」について
本願発明の請求項1等の特許請求の範囲ではブリモニジンの投与量につき「有効量の」との特定がされているが、明細書の発明の詳細な説明においては、上記「有効量」の意義が記載されているわけでも、具体的な数値をもって明確に特定されているわけでもなく、単にブリモニジンとチモロール等を含有する点眼剤の合計量が例示されているにすぎない(段落【0008】等)。そうすると、本願発明にいう「有効量」とは、優先日当時の当業者の技術常識に照らして解釈するほかはないが、本願明細書においてその意義が特定されていない以上、対象となる薬剤がその目的となる症状等を改善する作用効果を奏するのに必要十分な量、すなわち本願発明の薬剤についていえば、緑内障等患者の上昇した眼圧を低下させるという作用効果を奏するのに必要十分な量をいうものと解される。
しかるに、引用例には、ブリモニジンとチモロールの各点眼剤の双方を高眼圧症患者に投与した場合に、投与後4時間が経過した時点でも、眼圧の平均値が正常値の上限(21mmHg)を下回る16.93±2.57mmHgであり(230頁)、8時間が経過した時点でも上記平均値が概ね正常値である19.00±2.80mmHgにすぎなかったこと(表2、図2、230頁)等が記載されているから、ブリモニジンとチモロールの各点眼剤の双方を併用して投与した場合における、緑内障等の患者の上昇した眼圧を低下させるという作用効果を奏するのに必要十分な量が投与されたことは明らかである。そうすると、引用例には有効量のブリモニジンを投与した例が記載されているから、審決の引用発明の認定に誤りがあるとはいえない。
(2)「併用と配合」について 
審決が説示するとおり、緑内障等の眼疾患の患者に対して複数の薬剤(薬物)が投与される場合に、医師の指示どおり当該薬剤を使用するという患者のコンプライアンスの問題(誤って点眼をしたり、あるいは点眼を忘れたりしないようにする等の問題)が存することは、本願発明の優先日当時において当業者に周知の技術的課題であり、患者のコンプライアンスの向上や副作用の低減等の観点から、複数の薬剤を同一の担体中に含有させて、一つの医薬組成物とし、投与回数を減らすことは、上記当時における当業者の周知技術であったことは明らかであるから、ブリモニジンとチモロールの各点眼剤を別々に投与していたのを、ブリモニジンとチモロールの双方を一つの医薬組成物に含有させ、患者のコンプライアンスの向上等を図ること、すなわち本願発明と引用発明の相違点に係る構成とすることは、上記優先日当時の当業者において、引用発明に基づいて容易になし得たことであるということができる。したがって、本願発明と引用発明の相違点に係る構成の容易想到性に係る審決の判断に誤りがあるとはいえない。
(3)「阻害要因」について
原告は、本願発明の優先日当時、当業者においてブリモニジンの効果を12時間以上持続させることは困難であると考えられており、1日当たり3回投与する必要があったから、これを1日当たり2回の投与に改めることには阻害要因がある等と主張する。確かに、原告が製造販売する0.2%ブリモニジン点眼剤である「アルファガン」の添付文書(甲30)には、同剤の用法として、約8時間の間隔を置いて1日3回投与すべき旨が記載されているし、引用例の228頁等には、眼圧の減少値の平均が投与後4時間で最大になる旨が記載されている。
しかしながら、前記のとおり、引用例の投与例においても、投与後8時間が経過した時点でも眼圧の平均値が概ね正常値の範囲内であったものであり、また、乙第1号証には、0.2%ブリモニジン点眼剤を緑内障患者に1日2回使用させた場合のマレイン酸チモロール点眼剤と同等の作用効果に関する記載があるのであって、本願発明の優先日当時、ブリモニジン及びチモロールの各分量を適宜調整することで、1日当たり2回の点眼投与でも、当業者において眼圧を降下させる作用効果を奏し得たということができる。
そうすると、本願発明の優先日当時、添付文書中で原告の上記「アルファガン」が1日当たり3回投与されるべきものとされていたとしても、当業者が引用発明に基づいて本願発明との相違点に係る構成に想到することにつき阻害要因があるとまではいえない。したがって、原告の主張を採用することはできない。

事件の骨組
1.本願特許の経緯
平成15年 4月 9日  特許出願、
発明の名称「眼科局所用のブリモニジンとチモロールとの組み合わせ」
平成18年 8月17日  拒絶査定
平成21年12月 3日  審判請求 不服2006-26118号
平成22年 5月10日  審決  「本件審判の請求は、成り立たない。」
2 本願発明の要旨
【請求項1】 
有効量のブリモニジンと有効量のチモロールとを、そのための医薬的に許容できる担体中に含む、緑内障または高眼圧症の処置に有用な眼科医薬組成物。
3.本件審決の理由の要旨
本願発明は、引用例(甲第3号証)に記載された発明に基づいて、当業者において容易に発明することができたものであるから、進歩性を欠く。
【引用例】Ophthalmologica、1999年、Vol.213、228~233頁
審決が認定した引用例に記載された発明(引用発明)、本願発明と引用発明の一致点及び相違点はそれぞれ下記のとおりである。
【引用発明】
「有効量のブリモニジンを含有する組成物と有効量のチモロールを含有する組成物とを組み合わせて用いる、緑内障または高眼圧症の処置用眼科医薬製剤。」
【本願発明と引用発明の一致点】
「 有効量のブリモニジンと有効量のチモロールを含む、緑内障または高眼圧症の処置に有用な眼科医薬製剤」である点。
【本願発明と引用発明の相違点】
「 本願発明は、有効量のブリモニジンと有効量のチモロールを、同一の担体中に含む医薬組成物であるのに対し、引用発明は、それぞれ別個の担体中に含む医薬組成物を組み合わせて用いる点。」

4.当事者の主張
・原告の主張
(1)引用発明の認定、引用発明と本願発明との一致点及び相違点の認定の誤り(取消事由1)
引用例には、患者に1日わずか1滴ブリモニジン(本件においては、「酒石酸ブリモニジン」も同義である。以下同じ。)を点眼した例が記載されているのみであり、有効量のブリモニジンを投与した例が記載されているわけではない。そうすると、引用発明はブリモニジンを有効量使用する発明に関するものではなく、引用例に「有効量のブリモニジンを含有する組成物と・・・とを組み合わせて用いる、緑内障または高眼圧症の処置用眼科医薬製剤。」との発明が記載されているとした審決の引用発明の認定は誤りである。
(2)容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
引用例にも、副引用例である甲第9ないし14号証にも、有効量のブリモニジンと有効量のチモロールを同一の担体中に含有させるという技術的課題、作用機序、効果、コンプライアンス(患者が医師の指示どおりに薬剤を使用すること)及び副作用等につき一切開示されていない。
なお、引用例の228ないし229頁の記載や被告が本件訴訟で提出する乙第1、2号証の記載をもって、「0.2%ブリモニジン点眼薬を1日2回投与した場合に有効な眼圧低下の結果が得られることが知られていたこと」の根拠とすることは、審判段階で示されず、審決で判断されない登録拒絶理由に基づくものであるから許されない。
(3)引用例の図1及び2に示されているとおり、本願発明の優先日当時、ブリモニジンを投与して眼圧(Intraocular pressure、IOP)を低下させたとしても、8時間後には眼圧が再び上昇することが知られており、またアルファガンの添付文書に記載されているとおり(甲30)、ブリモニジンによる眼圧効果作用のピークは投与後2時間(なお、引用例では4時間)であることが知られていた。したがって本願発明の優先日当時、当業者においてブリモニジンの効果を12時間以上持続させることは困難であると考えられていたのであって、ブリモニジンは1日当たり3回投与する必要があった。そうすると、上記優先日当時、当業者にとって、1日3回ブリモニジンを投与していたのを1日2回の投与に改めることには阻害要因があるというべきである。しかるに、審決は上記阻害要因の存在につき考慮していない。
・被告の主張
(1) 取消事由1に対し
緑内障又は高眼圧症の処置における薬剤の「有効量」とは、一般に、緑内障等の患者の上昇した眼圧を低下させるという作用効果を奏する量をいうものであるところ、引用例の229ないし231頁(審決摘示事項a-5~8)には、1日当たり2回のチモロール点眼剤の投与を受けている緑内障の患者に対し、ブリモニジン点眼剤1滴の投与を併用したときに、眼圧が有意に低下したことが記載されているから、ブリモニジン点眼剤1滴でも上記の眼圧低下の作用効果を奏する量であり、「有効量」であることは明らかである。
なお、本願発明と引用発明とで、投与される組成物中のブリモニジンの濃度及び量を区別することはできない。
(2) 取消事由2に対し
引用例に、ブリモニジンとチモロールの各点眼剤を併用する場合のコンプライアンスや副作用における課題について具体的に記載されていないとしても、引用発明は「有効量のブリモニジンを含有する組成物と有効量のチモロールを含有する組成物とを組み合わせて用いる、緑内障又は高眼圧症の処置用眼科医薬製剤」であるから、複数の点眼剤を併用する場合の技術的課題、すなわちコンプライアンスや副作用等の問題が存在することは明らかである。
本願発明の優先日当時における緑内障等の患者に対して複数の点眼剤を併用する上での技術的課題等は、当該薬剤の化学構造や薬剤の作用点の異同とは関係がないし、かかる技術的課題を解決するための手段として複数の薬物を同一の担体中に含有する医薬組成物とすることは当業者に周知の技術的事項にすぎない。
(3)引用例の図1、2によれば、チモロールとブリモニジンの各点眼剤を併用した場合、投与後4時間で眼圧が最小になり、その後上昇に転じているが、投与後8時間の時点でも正常値である19mmHgに止まっており(正常値は11~21mmHg)、投与前の値を上回っていない。したがって、投与後8時間の時点でも十分な眼圧降下作用が奏されているということができ、引用例の記載から、1日当たり3回のブリモニジン点眼剤の投与が必要であるとの結論を導くのは相当でない。
のみならず、乙第1、2号証の記載のとおり、本願発明の優先日当時、当業者において、緑内障等の患者に対して0.2%ブリモニジン点眼剤を1日当たり2回投与することで有効な眼圧降下作用が得られることが一般に知られていた。
そうだとすると、本願発明の優先日当時、緑内障等の患者にブリモニジン点眼剤を1日当たり3回投与する必要があることが当業者の技術常識であったとはいえないし、1日当たり3回ブリモニジン点眼剤を投与していたのを1日当たり2回の投与に改めることに阻害要因があるということもできない。

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告  アラーガン・インコーポレイテッド
  被告  特許庁長官