主要事件判決5  「抗骨粗鬆活性組成物-性質限定組成物事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(抗骨粗鬆活性組成物-性質限定組成物事件)
-平成22年(行ケ)第10050号 平成23年10月11日判決言渡-

判示事項
(1)取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
原告は、審決が、相違点1についての検討に当たり、「本願発明における『抗骨粗鬆症活性を有する』なる記載は、組成物の有する活性を単に記載したものであり、『カルシウム、キトサンを配合した組成物』の用途を特定するものとは認められないため、相違点1は、実質的な相違点とはいえない。」、「引用発明は、腸管内でのカルシウムの吸収率を増加させる作用を有し、骨粗鬆症を予防、治療するための組成物に他ならないものであるから、相違点1は、実質的な相違点とはいえない。」と判断したのは誤りであると主張し、その理由として、本願発明が、骨粗鬆症の治療に対しカルシウムを骨へ直接取り込むことを主眼とする上記引用発明とは異なる技術思想に基づくものであること、本願発明が、カルシウムを補給する前に骨の劣化を抑えることが重要であるとの観点から、カルシウム、キトサン、プロポリスの3種混合物としたことを技術的特徴とするもので、その配合成分のうちキトサンは、骨吸収を抑制する役割を担っているのに対し、引用発明のキトサンの役割は腸管内でのカルシウム吸収を促進するためのものであり、両者の役割が本質的に異なることなどを述べる。
しかし、原告が本願発明の技術的特徴として主張する、骨粗鬆症に対する治療手法としての機序や、キトサンが骨吸収を抑制するという役割などは、本願発明を特定する特許請求の範囲において記載されておらず、「物」の発明としての本願発明を特定するものではないから、そのことを理由に引用発明との相違点の判断を否定する原告の主張は、失当といわなければならない。
なお、本願発明における「抗骨粗鬆活性を有する」との記載は、「物」の発明である本願発明の抗骨粗鬆活性という性質を記載したにすぎないものであり、また、引用例Aの「カルシウム吸収促進性」の記載も、引用発明の組成物が有する性質を記載しているにすぎず、いずれも「物」としての組成物を更に限定したり、組成物の用途を限定するものではないから、これらの記載の相違は実質的な相違点とは認められず、この点に関する審決の判断に誤りはない。

(2)取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
原告は、審決が、相違点2についての検討に当たり、「引用例Bには、プロポリスがカルシウムの吸収効果率を高める作用を有し、これをカルシウム不足に起因する骨粗鬆症等の疾患を予防し得ることが記載されていることに基づき、カルシウム不足に起因する骨粗鬆症の予防・治療効果を向上させるために、プロポリスを配合することは、当業者が容易になし得ることであると認められる。」と認定したのは誤りであると主張し、その理由として、本願発明におけるプロポリスは、骨形成の阻害要因の一つである活性酸素を除去し骨形成の根本を改善するのに対し、引用発明のプロポリスは、カルシウムの骨への吸収を高めるにすぎず、両者はその役割・作用を大きく異にすると述べる。
しかし、本願明細書において、原告が主張する、プロポリスが活性酸素を除去したことにより骨内カルシウムの劣化が抑制される際の具体的な機序に関する記載はなく、その実施例、試験例においても、具体的に測定されているのは、被験者の骨密度や、ラットの骨密度、体重であって、活性酸素の除去に関しては何ら測定されていないから、原告の本願発明に係る上記主張は、明細書の記載により根拠付けられるものではなく、理由を欠くものといわなければならない。

(3)取消事由3(作用効果の判断の誤り)について
原告は、審決が、「本願発明が、引用発明においてさらにプロポリスを併用するものとしたことにより、引用発明から予測し得ない格別顕著な効果を奏し得たものと認めることができない。」と判断したのは誤りであると主張し、その理由として、本願明細書の図1に示す動物モデルで行った基礎実験において、骨粗鬆症を想定した卵巣摘出ラットを基準としての平均骨密度の増加率は、カルシウムでは2.33%、キトサンとプロポリスではいずれも3.88%に対して、3種混合物では6.20%と極めて高い増加率を示し、これがキトサンとプロポリスとの併用投与による相乗効果であると述べる。
しかし、カルシウムとキトサンを有する引用発明に、カルシウムの吸収効率を更に高めるためにプロポリスを配合するという引用例Bに開示された技術事項を適用することが、当業者にとって容易に想到し得ることは、前記2のとおりであり、その結果、カルシウムとキトサンにプロポリスを配合した組成物が、本願発明と同様の平均骨密度の増加という作用効果を奏するであろうことも、当業者が容易に予測し得ることと認められる。
本願明細書における上記実験では、「カルシウム」、「キトサン」及び「プロポリス」をそれぞれ単独で投与したものと、「3種混合物」を投与したものとを比較したのみであり、前記引用例の組合せからは予想し得ない顕著な作用効果を示すものではない。また、その実験結果も、3種混合物を投与したものの平均骨密度の増加率が、各成分単独の増加率より大きいとするものであって、同等の単位数量に基づいて比較したものでなく、他にどのような飼料が与えられていたかも明らかにされていないから、本願発明が、いわゆる相加的効果でなく、当業者が予測できないような相乗的効果を有することを立証するものではない。

事件の骨組
1.本願特許の経緯
平成13年 8月 9日  特許出願、 特願2001-242097号
発明の名称「抗骨粗鬆活性を有する組成物」
平成19年 7月24日  拒絶査定
平成19年 8月29日  審判請求 不服2007-23664号
平成22年12月27日  審決  「本件審判の請求は、成り立たない。」
2 本願発明の要旨
【請求項1】 
カルシウム、キトサン、プロポリスを配合したことを特徴とする抗骨粗鬆活性  を有する組成物。
3.本件審決の理由の要旨
本願発明は、引用例A(特開平7-194316号公報、甲1)に記載された引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
引用発明と本願発明との一致点及び相違点:
【一致点】
「カルシウム、キトサンを配合した組成物」
【相違点】
① 相違点1
本願発明は、「抗骨粗鬆症活性を有する組成物」であるのに対し、引用発明は、「カルシウム吸収促進性組成物」である点。
② 相違点2
本願発明は、プロポリスを配合するのに対し、引用発明は、これを配合していない点。
4.当事者の主張
(4-1)原告の主張
(1)取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
本件の発明者らは、研究の結果、骨粗鬆症の発症は単にカルシウム不足に起因するものではなく、骨の劣化に原因があることを究明した。そして、骨の劣化は「骨吸収」(骨からのカルシウム溶出)と「骨形成」のバランスの崩れから発生することを明らかにした。
そこで、本願発明は、カルシウムを補給する前に骨の劣化を抑えることが重要であるとの観点から、カルシウム、キトサン、プロポリスの配合(以下「3種混合物」という。)としたことを技術的特徴とするもので、その配合成分のうちキトサンは、骨吸収を抑制する役割を担っているのに対し(段落【006】)、引用発明のキトサンの役割は、腸管内でのカルシウム吸収を促進するためのものであり(段落【0007】)、両者の役割が本質的に異なっている。
(2)取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
本件の発明者の一人である原告は、プロポリスの抗糖尿効果は活性酸素消去作用にあること及びプロポリスの肝保護作用も活性酸素消去作用にあることを究明し、その成果を踏まえて、骨形成の阻害要因、つまり骨内カルシウムの劣化の大きな要因は、活性酸素であることを初めて解明した。本願発明は、上記の知見に基づくものであり、本願発明における配合成分のうちプロポリスは、骨形成の阻害要因の一つである活性酸素を除去するという重要な役割を担っており(段落【0006】)、骨形成の根本を改善することを主眼としている。
これに対して、引用発明に記載されているプロポリスに関しては、骨の劣化を防ぐ旨の記載はもちろん、その旨を示唆する記載もなく、プロポリスの役割は単にカルシウムの骨への吸収を高める(段落【0035】)にすぎず、本願発明とはその役割・作用を大きく異にしている。
(3)取消事由3(作用効果についての判断の誤り)
本願発明では、図1に示す動物モデルで行った基礎実験が重要な意味を持っている。この実験によれば、骨粗鬆症を想定した卵巣摘出ラットを基準としての平均骨密度の増加率は、カルシウムでは2.33%、キトサンとプロポリスではいずれも3.88%に対して、3種混合物では6.20%と極めて高い増加率を示した。すなわち、キトサンにより骨吸収を抑えた結果では3.88%の骨密度増加率を示し、プロポリスにより活性酸素を消去した結果も3.88%の骨密度増加率を示したが、キトサンとプロポリスとを混合して骨の劣化を抑えた後の結果では、平均骨密度の増加率は骨粗鬆症想定時(卵巣摘出ラット)に比し6.20%もの顕著な増加を示したことが判る。図1の見た目の増加では微増であるが、医療の場ではカルシウム単独投与の増加率に対して2割増加、3割増加でも注目するのであって、この6.20%の増加率は、カルシウム単独で投与した場合の2.66倍に当たり骨粗鬆症の治療分野では驚異的な増加率である。これは、キトサンとプロポリスとの併用投与による相乗効果として骨の劣化が抑えられた結果にほかならない。
(4-2)被告の主張
-省略-

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告  個人A

  被告  特許庁長官