主要事件判決4  「プラバスタチン精製物-製法限定クレーム事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
特許権侵害差止請求控訴事件
(プラバスタチン精製物-製法限定クレーム事件)
-平成22年(ネ)第10043号 平成24年1月27日判決言渡-
-原審・東京地裁平成19年(ワ)第35324号 平成22年3月31日判決言渡-

判示事項
(1) 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について、法70条は、その第1項で「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」とし、その第2項で「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」などと定めている。
したがって、特許権侵害を理由とする差止請求又は損害賠償請求が提起された場合にその基礎となる特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては、「特許請求の範囲」記載の文言を基準とすべきである。特許請求の範囲に記載される文言は、特許発明の技術的範囲を具体的に画しているものと解すべきであり、仮に、これを否定し、特許請求の範囲として記載されている特定の「文言」が発明の技術的範囲を限定する意味を有しないなどと解釈することになると、特許公報に記載された「特許請求の範囲」の記載に従って行動した第三者の信頼を損ねかねないこととなり、法的安定性を害する結果となる。
そうすると、本件のように「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合、当該発明の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって、特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて、他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である。
もっとも、本件のような「物の発明」の場合、特許請求の範囲は、物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには、発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした法1条等の趣旨に照らして、その物の製造方法によって物を特定することも許され、法36条6項2号にも反しないと解される。
そして、そのような事情が存在する場合には、その技術的範囲は、特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても、製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして、特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及ぶと解釈され、確定されることとなる。
(2) ところで、物の発明において、特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合、このような形式のクレームは、広く「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」と称されることもある。前記ア(注:前記(1))で述べた観点に照らすならば、上記プロダクト・バイ・プロセス・クレームには、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため、製造方法によりこれを行っているとき」(本件では、このようなクレームを、便宜上「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」ということとする。)と、「物の製造方法が付加して記載されている場合において、当該発明の対象となる物を、その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」(本件では、このようなクレームを、便宜上「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」ということとする。)の2種類があることになるから、これを区別して検討を加えることとする。 そして、前記ア(注:前記(1))によれば、真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては、当該発明の技術的範囲は、「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、同方法により製造される物と同一の物」と解釈されるのに対し、不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては、当該発明の技術的範囲は、「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定されると解釈されることになる。
また、特許権侵害訴訟における立証責任の分配という観点からいうと、物の発明に係る特許請求の範囲に、製造方法が記載されている場合、その記載は文言どおりに解釈するのが原則であるから、真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると主張する者において「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことについての立証を負担すべきであり、もしその立証を尽くすことができないときは、不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであるものとして、発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定するのが相当である。

(3) 心証開示と異なる原判決の理由付けにつき
控訴人は、原判決が、和解勧告時とは異なる理由により非侵害と判断したから、そのような不意打ち的な判断は違法であると主張する。
しかし、裁判所は、和解勧告時に開示した心証の見込みには拘束されることなく、その後も十分に主張と証拠を精査検討した上で適正な判断をすることが求められているものであるから、原判決が和解勧告時とは異なる理由により非侵害と判断したとしても違法ということはできない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。



事件の骨組
1.本件特許の経緯
平成13年10月 5日  国際特許出願、
発明の名称「 プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物」
平成17年11月 4日  特許登録      特許第3737801号

 なお、本件は別件として被控訴人による無効審判が請求されている。
平成20年 3月27日  無効審判を請求 無効2008-800055号
平成20年 7月22日  訂正請求
平成21年 8月25日  審決  「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」
審決取消訴訟       平成21年(行ケ)第10284号
平成24年 1月27日 判決言渡
「原告の請求を棄却する。」

2本件発明の要旨
【請求項1】 
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして
e)プラバスタチンナトリウムを単離すること、
を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満[0.2重量%未満に訂正]であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満[0.1重量%未満に訂正]であるプラバスタチンナトリウム。

  - 請求項2~9 省略 -

3.原審(東京地裁平成19年(ワ)第35324号)の判断の要旨
(1)本件特許の特許請求の範囲の各請求項は、物の発明について、当該物の製造方法が記載されたもの(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム)である。
ところで、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づき定めなければならない(特許法70条1項)ことから、物の発明について、特許請求の範囲に、当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず、あえて物の製造方法が記載されている場合には、当該製造方法の記載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でないと解される。他方で、一定の化学物質等のように、物の構成を特定して具体的に記載することが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは、技術上否定できず、そのような場合には、当該特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される。
したがって、物の発明について、特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には、原則として、「物の発明」であるからといって、特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく、当該特許発明の技術的範囲は、当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって、物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り、当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も、当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。
(2)そこで、本件において、前記(1)の「特段の事情」があるか否かについて、検討する。
ア 物の特定のための要否
- 省略 -
イ 出願経過
- 省略 -
(3)以上述べたように、本件特許の請求項1は、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」と記載されて物質的に特定されており、物の特定のために製造方法を記載する必要がないにもかかわらず、あえて製造方法の記載がされていること、そのような特許請求の範囲の記載となるに至った出願の経緯(特に、出願当初の特許請求の範囲には、製造方法の記載がない物と、製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが、製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより、製造方法の記載がない請求項をすべて削除し、その結果、特許査定を受けるに至っていること。)からすれば、本件特許においては、特許発明の技術的範囲が、特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の事情があるとは認められない(むしろ、特許発明の技術的範囲を当該製造方法によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができる。)。
したがって、本件発明1の技術的範囲は、本件特許の請求項1に記載された製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきであるから、次のとおりと解される。
- 以下、省略 -



4.当事者の主張
(4-1)控訴人の主張
(1) 本件各発明の技術的範囲
いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム特許の権利範囲については、特許請求の範囲が製造方法によって特定された物であっても、特許の対象を当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然はなく、これと製造方法は異なるが物として同一である物も含まれると解すべきであり(以下「物同一説」ということがある。)、このことは過去の裁判例及び特許庁の審査基準においても広く支持された見解である。このように、原判決の見解は、従来の裁判例・審査基準に反し、不当な解釈といわざるを得ない。
仮に原判決の示す見解が正しいとしても、かかる見解でいうところの「特段の事情」が本件発明1にあるとは認められないとする認定・判断において、原判決には誤りがある。
すなわち、本件各発明は、高純度プラバスタチンナトリウムという、化合物としては「公知」であるものの、「不純物が極めて低減された」という意味において新規性を有する化学物質を規定するものであるから、その発明の「進歩性」を主張するためには、従来技術では得られなかった高純度物質が、新しい製法で初めて取得可能となったことを主張することが不可欠である。原判決は、この点を看過して、本件発明1は、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」と記載されて物質的に特定されていることだけで、製造方法を記載する必要がない(原判決57頁~58頁、62頁)などと判断しているが、このような判断は、本件各発明については「進歩性」を明確にする必要性があったことを看過したものであって、誤りである。
また、原判決は、本件特許の出願の経緯、特に製造方法の記載がない請求項(当時の請求項3及び請求項6等)をすべて削除した点について、特許発明の技術的範囲を本件製法要件によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができると判断している(原判決62頁~63頁)。しかしながら、本件各発明が本件製法要件の記載の有無にかかわらず特許性を有するものであることは、甲43(特許庁長官の意見書)の記載からも明らかであって、出願人(控訴人)が拒絶査定後に当時の請求項3及び請求項6等を削除したのは、単に拒絶理由が示されていない請求項について早期に権利化を図るためにすぎない。このような補正は特許実務上頻繁に行われることである。本件製法要件の記載がない上記請求項を削除したからといって、これらの請求項が従来技術文献との関係で新規性及び進歩性に欠けると認められるものではない。
このように本件では、本来は本件製法要件の記載の有無によらず特許性を有する発明であるにもかかわらず、審査段階において審査基準に沿わない審査が行われ、製法記載を含まない請求項に拒絶理由が通知されたため、実務慣行に従って、製法が記載された請求項を優先的に権利化したという事情が存在する。このような場合に、原判決が採用する「製法限定説」に基づき、特許権の権利範囲が請求項に記載の製法に限定して解釈されるとすれば、特許権者に著しく不利な解釈となり、不当な結論を招くといわざるを得ない。
- 以下、省略 -
(2)以降 省略

(4-2)被控訴人の主張
(1)本件各発明の技術的範囲に対し
ア そして、原判決は、「特段の事情」がある場合について製造方法を除外して技術的範囲の解釈をする場合があることを許容しているが、本件については、① 物の特定のために製造方法を記載する必要がないにもかかわらず、あえて製造方法の記載がされていること、② 出願当初の特許請求の範囲には、製造方法の記載がない物と、製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが、製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより、製造方法の記載がない請求項を全て削除し、その結果、特許査定を受けるに至っていること、という事情が存在するものであるから、本件各発明の技術的範囲は、本件製法要件記載の製造方法により製造された物に限定されると判断しているので、その結論において誤りはなく、これを取り消すべき理由はない。
イ 仮に、控訴人の主張するように、本件発明1の技術的範囲が「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」であるとすれば、当該技術的範囲は、プラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量を規定しているだけで、プラバスタチンナトリウム自体の純度を規定していないことになるが、プラバスタチンナトリウム自体の純度が規定されていない以上、プラバスタチンラクトンとエピプラバ以外の不純物の除去を励行しなければ組成物中のこれらの不純物の混入量の比率が高くなるから、組成物全体の中でのプラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量の比率(重量%)を簡単に低減することができるものであり、そのようなプラバスタチンラクトンとエピプラバ以外の不純物の割合の高い結果、プラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量の比率(重量%)が低減されているというだけの組成物をも、技術的範囲に含むことになってしまう。このような本件特許の特殊性を考慮すれば、本件特許については、その技術的範囲を本件製法要件記載の製造方法により製造された物に限定すべき積極的な事情があるというべきである。
ウ 控訴人は、本件各発明は、「プラバスタチンナトリウム」という化合物としては公知であるものの、「不純物が極めて低減された」という意味において新規性を有する化学物質を規定するものであるから、その進歩性を主張するためには、従来技術では得られなかった高純度物質が、新しい製法で初めて取得可能となったことが不可欠で、製造方法はその進歩性を明確にする必要があったためであると主張している。
しかし、その進歩性を明確にするために製造方法を規定したのであれば、そのような物の発明において製造方法の規定部分は、その発明を特徴づける意味があるものと解すべきであり、当該部分を無視して技術的範囲を理解することなどできないはずである。
- 以下、省略 -

(2)乙30文献に基づく新規性・進歩性の欠如について
ア 前記のとおり、本件製法要件を除外して発明の要旨を認定することは許されないものと解すべきところ、次のとおり、本件各発明は、乙30発明に基づき、新規性又は進歩性を欠如するものであるから、特許無効審判において無効にされるべきものである(特許法104条の3)。
イ 本件発明1
(ア) 新規性の欠如
- 以下、省略 -

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  控訴人   テバ ジョジセルジャール ザートケルエン ムケド レースベニュタール シャシャーグ

  被控訴人  協和発酵キリン株式会社