主要事件判決2  「油性液状クレンジング用組成物-侵害事件」

主要判決全文紹介
《東京地方裁判所》
特許権侵害差止等請求事件
(油性液状クレンジング用組成物-侵害事件)
-平成22年(ワ)第26341号 平成24年5月23日判決言渡-

判示事項
1 争点(1)(被告各製品が本件発明1の技術的範囲に属するか。)
(1) 争点(1)ア(構成要件1-Dの充足性)
(イ) 一般に、界面活性剤とは、水に対して強い表面活性を示す物質であり、分子内に親水性の部分と疎水性(親油性)の部分とをあわせもち、その親水親油バランスによって、水-油の2相界面に強く吸着されて、界面の自由エネルギー(界面張力)を著しく低下させる作用を示すものをいう。界面活性剤のうち、親水基が水中で解離して陰イオンとなるものを陰イオン界面活性剤という。親水基の具体例として、カルボキシ基、スルホ基、硫酸水素基が挙げられる(以上につき甲24の1、2)。
構成要件1-Dにおいて、陰イオン界面活性剤として挙げられている各物質は、いずれも、陰イオン界面活性剤の上記一般的意義に沿う性質を有する物質であり(乙2の3)、上記(ア)の本件明細書の記載をみても、陰イオン界面活性剤の技術的意義に関し、上記と別異に解するべき記載は見受けられない。
(ウ) この点に関し、被告は、本件明細書に「陰イオン界面活性剤の配合量は…0.1質量%未満では、デキストリン脂肪酸エステルを透明に分散させる効果が得られ難く…」(上記(ア)c)との記載がある点や、本件明細書の実施例の記載において、陰イオン界面活性剤を含有しない組成物が「濁る」との外観を呈し、いずれも比較例とされていること(【0030】【表2】の比較例1ないし3、6、7、上記(ア)e)などを挙げて、「陰イオン界面活性剤」(構成要件1-D)を、「デキストリン脂肪酸エステルを透明に分散させる作用を有する陰イオン界面活性剤」と限定解釈するべきであると主張する。
しかし、本件明細書の【0015】の記載(上記(ア)c)は、陰イオン界面活性剤の配合量の好適な下限値を、同剤を配合した場合の効果と関連付けて記載したものにすぎない。また、【0030】【表2】の比較例に関する点(上記(ア)e)は、本件発明1の(A)ないし(D)成分からなる構成を欠く組成物について、安定性、メイク落ち、目標部位への塗布容易性等において問題があったことを記載するものにすぎないものであって、陰イオン界面活性剤の作用について言及したものということはできるものの、「陰イオン界面活性剤」(構成要件1-D)の意義を限定する根拠となるべきものとは解されない。
(エ) また、被告は、本件明細書の【0006】欄、【0015】欄、【0031】欄の記載内容によれば、構成要件1-Dの「陰イオン界面活性剤」は、専らデキストリン脂肪酸エステル(B)を透明に分散させる作用を有する成分として記載され、それ以外の作用を有するとも、他の成分が透明性をもたらすとも記載されていないから、「陰イオン界面活性剤」(1-D)は、デキストリン脂肪酸エステルを透明に分散させる成分であることが明らかであると主張する。
そこで、本件明細書の記載をみるに、【発明が解決しようとする課題】【0004】には、本件発明の課題が、「手や顔が濡れた環境下で使用することができる透明な油性液状クレンジング組成物を提供することである。」とされ、【課題を解決するための手段】【0005】には、透明性を含む課題の解決手段として、(A)ないし(D)の4つの成分を含むことのみが記載されている。そして【発明の効果】【0006】には、前記のとおり、「4成分を含むことにより、透明性が確保でき、塗布性など使用感に優れた粘性を有する油性液状クレンジングを提供することができた。」と記載され、それに続いて「特に、デキストリン脂肪酸エステル(B)と陰イオン界面活性剤(D)を組み合わせて用いることにより、透明性と適度な粘性を保有した油性液状クレンジングを実現できた。」と記載されている。さらに、【発明を実施するための最良の形態】【0007】には、「本発明の油性液状クレンジング組成物は、油剤(A)、デキストリン脂肪酸エステル(B)、炭素数8~10の脂肪酸とポリグリセリンのエステル(C)及び陰イオン界面活性剤(D)の4成分を含有する。この5成分(ママ)を含むことにより、透明性が確保でき、塗布性など使用感に優れた粘性をもった油性液状クレンジングを開発した。」との記載がある。
これらの記載を総合してみれば、本件発明の効果である透明性は、(A)ないし(D)の4成分によって達成されているとみるのが相当である。上記の記載中「特に、デキストリン脂肪酸エステル(B)と陰イオン界面活性剤(D)を組み合わせて用いることにより、透明性と適度な粘性を保有した油性液状クレンジングを実現できた。」との記載は、他の構成要素である油剤(A)と炭素数8~10の脂肪酸とポリグリセリンのエステル(C)が使用されることを前提とした上で、増粘剤であるデキストリン脂肪酸エステル(B)との関係では、陰イオン界面活性剤(D)を組み合せることが透明性と適度な粘性の双方を実現する1つの要素となることを指摘しているのにとどまり、それを超えて、これらの2成分の組合せのみが透明性に寄与するものとしているとは解されない。
(オ) したがって、被告の主張を採用することはできず、本件明細書の記載に照らして検討しても、構成要件1-Dの意義は、上記(イ)でみた一般的意義と同義に解釈するべきものと解される。

(2) 争点(1)イ(構成要件1-Eの充足性)
(エ) ・・・
そうすると、請求項1の発明(本件発明1)は、手や顔が濡れた環境下で使用できる、透明であり、かつ、使用感に優れた粘性を有した油性液状クレンジング用組成物を提供することという、請求項1ないし5に共通の上記一般的作用効果を奏するものとして記載されているものであって、上記作用効果は、請求項2及び3により、具体的に数値によって特定される、より高い作用効果と同一のものではなく、これらに比して低い水準のもので足りるものと解される。
(オ) この点に関し、被告は、上記(イ)のとおり、本件発明1に係る作用効果のうち、透明性については、「直径4cmの円筒ガラス瓶に充填した際に、瓶を通して背景像(紙に印刷した罫線)を認識できる」ことをいい、定量的には、「透過率75%以上」であることを要し、少なくとも75%を大幅に下回るものは含まれないと主張する。
しかし、「直径4cmの円筒ガラス瓶に充填した際に、瓶を通して背景像(紙に印刷した罫線)を認識できる」との点は、本件明細書の上記(ウ)b⑥(【0019】)で記載されているものであるところ、上記(ウ)b⑥の記載内容をみると、上記の点は、透過率が75%以上である場合に製剤が呈するべき外観として記載されたものであり、透過率が75%以上であることを定性的に言い換えたものであることと解することができる。そうすると、「透過率75%以上」であることと、「直径4cmの…認識できる」こととは、同義であると解されるところ、本件発明1に係る作用効果が、請求項2において具体的に数値によって特定される作用効果(透過率75%以上)よりも相対的に低いもので足りると解されることは前記のとおりである。
また、被告は、本件明細書の実施例及び比較例の「外観」欄における「透明」「濁る」の記載(上記(ウ)b⑪及び⑫)を挙げて、「濁る」とされた比較例の透過率が10ないし55%であることから、透過率55%を下回るものは、「透明」ではなく、本件発明1の作用効果を奏さないものと評価されるべきであるとも主張する。
しかし、上記実施例及び比較例の「外観」欄の評価は、前記(ウ)b⑧(【0023】)のとおり、「直径4cmの円筒ガラス瓶に充填した際に、瓶を通して背景像(紙に印刷した罫線)を認識できる」か否かによって判定されたものであるところ、上記判定基準が、透過率75%以上であることと同義のものであることは前述のとおりである。そうすると、本件明細書の実施例及び比較例における上記「透明」及び「濁る」の記載は、請求項2の発明に係る作用効果の有無について判定したものと解されるのであり、当該記載に基づき、本件発明1の作用効果を限定することは相当ではないというべきである。
(カ) 以上によれば、本件発明1の作用効果は、請求項1ないし5の発明に共通の一般的作用効果として記載された、手や顔が濡れた環境下で使用することができる、透明であり、かつ、使用感に優れた粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供することにあるということができ、上記作用効果に係る「透明」とは、透過率又は円筒ガラス瓶充填時の背景認識の可否の点から、定量的又は定性的に限定されるものではないということになる。
そうすると、前記(エ)のとおり、本件発明1は、(A)ないし(D)の4成分を含む油性液状クレンジング用組成物が、上記一般的作用効果を奏することを開示したものであるから、構成要件1-Eは、(A)ないし(D)成分を含有する組成物を意味し、当該組成物は、すなわち上記一般的作用効果を奏するものに当たることが
開示されていると解するべきであり、これに加えて、構成要件1-Eを、上記のとおり限定を加えた「透明性」を実現するものに限定して解釈することは相当ではなく、被告の主張は採用できない。
なお、本件明細書には、本件発明1の作用効果に係る「透明」に関し具体的に言及する記載は見受けられないから、上記「透明」とは、油性液状クレンジング用組成物の実用上、「透明」であれば足りるというべきである。

(3) 争点(1)ウ(侵害論の補足主張・作用効果不奏功の抗弁等)
以上の経緯にかんがみ検討すると、被告は、本件訴訟提起前から、本件発明1の作用効果(透明性)の限定解釈に基づき、被告各製品が本件各発明の技術的範囲に属しない旨を主張していたものであり、上記時点において、上記主張について既に検討を行っていたものということができる。加えて、本件訴訟において、上記主張に係る点は、訴状段階から争点とされていたものであるということができるから、被告は、侵害論に関する審理を終結した平成23年5月31日までに、侵害論に関する前記補足主張をし、前記書証を提出することが可能であったというべきである。それにもかかわらず、被告は、裁判所が侵害論の審理を終結し、裁判所の見解を示して和解の勧告を行った後であり、かつ、損害論の審理中であった平成23年12月14日の段階に至って上記補足主張及びその裏付けとなるべき書証の提出申し出をしたものであるから、これは、重大な過失により時機に後れてなされた防御方法の提出に当たるというべきである。また、これにより本件訴訟の完結を遅延させることになることも明らかである。
したがって、民訴法157条1項に基づき、被告の上記主張並びに乙22ないし24及び37ないし51号証の提出申し出は、いずれも却下する。
(4) 小括
したがって、被告各製品は本件発明1の技術的範囲に属する。

5 争点(5)(本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるか。)
(1) 争点(5)ア(本件発明1は乙2の1発明と同一の発明であって特許法29条1項3号に違反するものか。)
以上のとおり、本件発明1と乙2の1発明は、〔相違点1〕~〔相違点4〕において相違するものであるから、両発明は同一のものではなく、本件発明1は、特許法29条1項3項に違反するものに当たらない。
この点に関し、被告は、乙2の1文献の実施例には、本件発明1の(A)ないし(D)成分に相当する成分が開示されており、とりわけ、【0092】及び【0093】記載の実施例には、ジラウロイルグルタミン酸リジンナトリウム(ジ脂肪酸アシルグルタミン酸リシン塩と同一であり、陰イオン界面活性剤に当たる)、ミリスチン酸デキストリン(デキストリン脂肪酸エステルに当たる)、セスキカプリル酸ポリグリセリル(炭素数8の脂肪酸とポリグリセリンのエステルに当たる)が開示されているから、本件発明1と乙2の1発明は同一である旨も主張する。
しかし、本件発明1は、(B)成分及び(D)成分につき、その種類を限定し、かつ、(C)成分につき、その炭素数を限定した上で、これらの(A)ないし(D)成分を必須成分として組み合わせることにより、争点(1)イに関する当裁判所の判断でみた本件発明1の作用効果(手や顔が濡れた環境下で使用できる、透明であり、かつ、使用感に優れた粘性を有した油性液状クレンジング用組成物を提供すること)を奏することができることを開示したものであるから、本件発明1と乙2の1発明
が同一のものであるというためには、乙2の1文献に、本件発明1に係る上記作用効果を奏する油性液状クレンジング用組成物を得るため、(A)ないし(D)成分を必須の構成として組み合わせること及び(B)ないし(D)成分の種類等を上記のとおり限定したものとすることにつき開示があることを要するものであり、単に、実施例において、油性ゲル状クレンジングが含有する成分として、(A)ないし(D)成分に相当する物質が個別に開示されているのみでは足りないというべきである。したがって、被告の主張を採用することはできない。

(7) 争点(5)サ(本件各発明は特開2002-348211号公報に係る発明から容易に想到することができたものとして特許法29条2項に違反するものか。)
ア 被告は、平成23年12月14日付け被告準備書面(6)の16頁11行目から18頁14行目において、本件各発明につき、特開2002-348211号公報を主引例とする進歩性欠如の無効主張を追加した。
これに対し原告は、上記主張は時機に後れた攻撃防御方法に当たり(民訴法157条1項)、かつ、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものに当たる(特許法104条の3第2項)と主張し、却下の申立てをした。
イ そこで検討すると、前記5(2)カ(イ)でみた本件訴訟の経過に加え、特開2002-348211号公報は、原告が甲4の1号証として訴状とともに書証提出したものと同一であることも考慮すれば、被告は、平成23年5月31日の上記弁論準備手続期日までの間に、上記主張をすることが可能であったというべきであるから、被告が上記アのとおり行った無効主張は、重大な過失により時機に後れてなされたものであり、かつ、これにより訴訟の完結を遅延させるものであることが明らかである。
ウ したがって、民訴法157条1項に基づき、上記主張を却下する。

(8) 小括
以上によれば、本件各発明は特許無効審判により無効とされるべきものに当たらない。

6 争点(6)(販売行為の差止め及び廃棄請求の可否)
(1) 被告製品1について
被告は、平成23年12月31日付けで被告製品1の製造販売を終了した旨主張しているところ、被告から、同日付けで被告製品1の製造販売を終了した旨の被告代表者作成の報告書(乙54)が提出されていることに加え、前記前提事実(6)のとおり、被告が、平成24年1月1日付けで、被告製品1を仕様変更したものとして被告新製品の製造販売を開始していることを考慮すれば、被告が、今後、被告製品1を販売する可能性は極めて低いものということができる。
(3) 以上によれば、現時点において、本件特許権侵害のおそれは認められず、原告の請求のうち、被告製品1及び被告化粧品セットの販売等の差止め及び廃棄を求める部分は理由がない。

7 争点(7)(損害額)
(2) 特許法102条2項に基づく損害算定の可否
加えて、クレンジング市場におけるメーカー別販売実績に基づく原告のシェアは、平成21年において13.6%、平成22年において12.9%、平成23年において12.9%(見込み)であり、原告以外に、数%ないし十数%のシェアを占めるメーカーが、被告を含め10社以上存在することが認められる(甲44)。そうすると、被告各製品がなかった場合に、原告が原告製品を販売することができ、その分の利益を得ることができたであろうと認めるに足りる事情はないものといわざるを得ず、原告につき、本件特許権を実施しているのと同視することができる事情を認めることはできない。
したがって、原告の上記主張を採用することはできず、本件において、特許法102条2項に基づき損害額を算定することはできないものである。
(3) 特許法102条3項に基づく損害算定
売上高
証拠(乙21の1ないし6)によれば、平成21年8月14日から平成23年9月30日までの被告製品及び被告化粧品セットの売上高は以下のとおりであると認められる(なお、原告が損害賠償請求額の算定に当たり、平成23年9月30日までの売上高を基礎としている〔平成23年10月3日付け訴え変更申立書〕ことにかんがみ、原告は平成23年9月30日までの侵害行為に係る損害の賠償を請求するものであると解される。また、被告は、被告各製品の売上高を算定するに当たり、消費税を含めるべきではない旨主張するが、国内売上分については、消費税を収受して販売するものである以上、消費税相当額についても売上高に含めて算定するのが相当である。)

 以上によれば、特許法102条3項に基づく原告の損害は、被告各製品の売上高に相当実施料率●省略●を乗じることにより算出されるものと認められ、下記計算式のとおり、1億5069万8740円となる。
(4) 弁護士費用
本件訴訟の内容、認容額その他諸般の事情を考慮すれば、弁護士費用としては1500万円が相当であると認められる。
(6) 以上によれば、原告の平成21年8月14日から平成23年9月30日までの本件特許権侵害に基づく損害額は1億6569万8740円となる。



事件の骨組
1.本件特許権
(ア) 特許番号 第4358286号
(イ) 発明の名称 油性液状クレンジング用組成物
(ウ) 出願日 平成20年9月29日
(エ) 登録日 平成21年8月14日
(オ) 登録公報発行日 平成21年11月4日(甲2)

 本件の請求項1記載の発明を「本件発明1」、請求項1を引用する請求項3記載の発明を「本件発明2」、請求項1を引用する請求項4記載の発明を「本件発明3」、請求項1引用に係る請求項3を引用する請求項4記載の発明を「本件発明4」といい、これらを併せて「本件各発明」という。
本件各発明を構成要件に分説すれば、以下のとおりである(以下、各構成要件をそれぞれ「構成要件1-A」などという。)。
(ア) 本件発明1
1-A 油剤(A)
1-B デキストリン脂肪酸エステル(B)
パルミチン酸デキストリン、(パルミチン酸/2-エチルヘキサン酸)デキストリン、ミリスチン酸デキストリンのいずれか又は複数である
1-C 炭素数8~10の脂肪酸とポリグリセリンのエステル(C)
1-D 陰イオン界面活性剤(D)
ジ脂肪酸アシルグルタミン酸リシン塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、N-脂肪酸アシルメチルタウリン塩、脂肪酸塩、N-脂肪酸アシルグルタミン酸塩、N-脂肪酸アシルメチルアラニン塩、N-脂肪酸アシルアラニン塩、N-脂肪酸アシルサルコシン塩、N-脂肪酸アシルイセチオン酸塩、アルキルスルホコハク酸塩、アルキルリン酸塩のいずれか又は複数である
1-E (A~Dを含有する)油性液状クレンジング用組成物

2.被告の行為
-略-

3.争点
(1) 被告各製品が本件発明1の技術的範囲に属するか。
ア 構成要件1-Dの充足性
イ 構成要件1-Eの充足性
ウ 侵害論の補足主張・作用効果不奏功の抗弁等
(2) 被告各製品が本件発明2の技術的範囲に属するか。
(3) 被告各製品が本件発明3の技術的範囲に属するか。
(4) 被告各製品が本件発明4の技術的範囲に属するか。
(5) 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるか。
ア 本件発明1は特開2006-225403号公報(以下「乙2の1文献」という。)に係る発明(以下「乙2の1発明」という。)と同一の発明であって特許法29条1項3号に違反するものか。
イ 本件発明1は乙2の1発明から容易に想到することができたものとして特許法29条2項に違反するものか。
ウ 本件発明1は特開2004-115467号公報(以下「乙2の2文献」という。)に係る発明(以下「乙2の2発明」という。)から容易に想到することができたものとして特許法29条2項に違反するものか。
エ 本件発明2は乙2の1発明から容易に想到することができたものとして特許法29条2項に違反するものか。
オ 本件発明2は乙2の2発明から容易に想到することができたものとして特許法29条2項に違反するものか。
カ 本件発明3は乙2の1発明から容易に想到することができたものとして特許法29条2項に違反するものか。
キ 本件発明3は乙2の2発明から容易に想到することができたものとして特許法29条2項に違反するものか。
ク 本件発明4は乙2の1又は乙2の2発明から容易に想到することができたものとして特許法29条2項に違反するものか。
ケ 本件各発明は特許法36条4項1号に違反するものか。
コ 本件各発明は特許法36条6項1号に違反するものか。
サ 本件各発明は特開2002-348211号公報に係る発明から容易に
想到することができたものとして特許法29条2項に違反するものか。
(6) 販売行為等の差止め及び廃棄の可否
(7) 損害額

4.争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(構成要件1-Dの充足性)
(被告の主張)
したがって、構成要件1-Dの「陰イオン界面活性剤」とは、「デキストリン脂肪酸エステルを透明に分散させる作用を有する陰イオン界面活性剤」を意味すると解すべきである。
なお、ここでいう「透明」とは、構成要件1-Eに関する被告の主張で詳述するとおり、透過率75%以上のものを意味し、また、そうでないとしても、明細書記載の評価基準(直径4cmの円筒ガラス瓶に充填した際に、瓶を通して背景像〔紙に印刷した罫線〕を認識できるか否か)に基づき「透明」と評価されるものを意味すると解するべきである。
イ 原告は、「陰イオン界面活性剤」を、その作用により限定解釈する理由はないと主張するが、上記主張は、特許法70条2項の規定を無視した主張であり、誤りである。仮に本件発明1が同法29条2項の非容易想到性要件を満たすとすれば、それは、手や顔が濡れた環境下で使用することができる透明な油性液状クレンジング用組成物であることによるのであるから、構成要件1-Dの意義は、特許法70条2項に基づき、その作用に基づき解釈されるべきである。

(原告の主張)
(イ) 被告の上記主張は、陰イオン界面活性剤の特定の作用のみに着目して、「陰イオン界面活性剤」の意義を限定解釈しようとするものであるが、このように解すると、本件明細書の【0006】欄に「デキストリン脂肪酸エステル(B)と陰イオン界面活性剤(D)を組み合わせて用いることにより、透明性と適度な粘性を保有した
油性液状クレンジングを実現できた。」と記載されているにもかかわらず、陰イオン界面活性剤はデキストリン脂肪酸エステルを透明に分散させる作用しか有しないことになり、本件明細書の上記記載と矛盾することになる。
(エ) 被告は、無効主張において、「陰イオン界面活性剤」を、その一般的意味と同義に解釈する主張をしているが、同じ侵害訴訟において、ある用語を、非充足の主張のために限定解釈する一方、無効主張のために広く解釈することは、特許法70条に基づかない場当たり的な解釈というべきであり、許されるものではない。
(オ) したがって、被告の主張は失当であり、採用されるべきものではない。

2 争点(1)イ(構成要件1-Eの充足性)
(被告の主張)
ア 本件発明1は油性液状クレンジング用組成物にかかわる発明であり、「油性液状クレンジング用組成物」とは、一般に「クレンジングオイル」と呼ばれているものと実質的に同義であるところ、クレンジングオイルとは、メイク落としのために用いられる化粧品であり、一般に油剤と界面活性剤とを主成分とし、増粘剤、皮膚柔軟剤(エモリエント剤)、香料などを加えて作られる混合組成物である。平成13年3月31日までは、「化粧品原料基準」(昭和42年8月厚生省告示第322号)により、化粧品原料として使用が認められる成分がポジティブリスト方式により限定列挙されていたところ、同日に同基準が廃止された後も、実際に用いられる化粧品原料の種類に大きな変化はみられなかった。上記「化粧品原料基準」には、本件発明1の特許請求の範囲に記載された(A)ないし(D)成分に相当する成分がすべて記載されており、これらの成分は、いずれも化粧品製造業界において一般的に使用されているものに当たる。
そうすると、本件発明1は、公知公用の化粧品原料を組み合わせて生成されたものであるから、これにより、予想されなかった新たな有用な特性を有するものでなければ、進歩性を欠くものとして特許要件を欠くことになる。
本件発明1の特性は上記透明性の保有の点にあり、構成要件1-Eの「油性液状クレンジング用組成物」とは、「(A)ないし(D)の4成分を含む油性液状クレンジング用組成物」であり、「手や顔が濡れた環境下で使用することができる透明な油性液状クレンジング用組成物」と同義に解するべきである。構成要件1-Eをこのように解さなければ、本件発明の課題を解決できない範囲のものまでが本件発明の技術的範囲に含まれることとなり、明らかに不合理である。
また、「透明」に関しては、「透明」とは、「直径4cm以上の円筒ガラス瓶に充填した際に、瓶を通して背景像(紙に印刷した罫線)を認識できる」ことをいい、
定量的には「透過率75%以上」であることを要するものと解するのが相当である。
(3) 被告各製品の充足性について
ア 被告各製品は、原告自身が行った実験の「特許第4358286号の透明性評価基準による評価」において、背景像の罫線を全く認識することができず(甲15の写真3)、「濁る」と評価されたものである上、被告製品の750mm可視光の透過率は7.2~9.9%であって(甲16)、これは、本件明細書の【0030】【表2】において「濁る」とされている比較例1、2、3、6、7の透過率の範囲10~55%の最低値よりも更に低い透過率である。可視光の透過率が低いことは、透明でないこと、濁っていることを意味することはいうまでもないことであるから、被告各製品は「濁った」クレンジングオイルであり、手や顔が濡れた環境下で使用することができる透明な油性液状クレンジング用組成物に当たらず、構成要件1-Eを充足しない。

(原告の主張)
(オ) したがって、本件明細書における「透明性」とは、透過率による特定などのない、一般的意味での透明性を意味するものと解するべきであり、透明性が高いこと(前記(イ)でみた【0019】欄記載の状態)は、本件発明の従たる作用効果であって、本件発明1において必ず奏する作用効果ではないということができる。
(カ) 原告は、以上の認識に基づき、本件特許発明を、光の透過率及び粘度を具体的に数値限定しない請求項1、光の透過率について数値限定した請求項2、粘度について数値限定した請求項3という請求項形式で特許出願しているのであり、本件発明1における「透明」が通常の意味であって、透明性が高いこと(光の透過率が75%以上であること)は従たる作用効果であると主張することは、原告の出願当時の認識に反するものではなく、むしろ、出願当時から一貫しているものである。
(2) 被告各製品の充足性
ア 前記前提事実(3)イ(ア)のとおり、被告各製品はクレンジングオイルであって、油性液状クレンジング用組成物に当たるものであるから、被告各製品は構成要件1-Eを充足する。(ア) 仮に、構成要件1-Eを、「手や顔が濡れた環境下で使用することができる透明な油性液状クレンジング用組成物」と限定解釈するとしても、被告各製品は一般的意味において透明と評価されるものであるから、被告各製品は構成要件1-Eを充足する。

3 争点(1)ウ(侵害論の補足主張・作用効果不奏功の抗弁等)
(被告の主張)
ウ 透明性に関する上記補足主張は、原告申立てに係る本件特許権に基づく差止仮処分申立事件(当庁平成23年(ヨ)第22087号事件)において、原告がした主張(一般的意味における「透明」には半透明も含まれること等)に応じてしたものであり、既に上記仮処分申立事件において審理されているものであるから、同主張を審理したとしても、訴訟の遅延がもたらされることはない。また、「透明」に関し、当業者の技術常識に反する判決をすることは著しく正義に反するものであり、当然に補足主張が許されるべきである。
したがって、同主張は時機に後れたものとして却下されるべきものに当たらない。
ア 大阪高判平成14年11月22日及び東京地判平成16年2月25日は、構成要件の全てを含む侵害被疑製品であっても、発明において意図された作用効果に反する要素が存在することにより、当該作用効果が妨げられる場合には、侵害被疑製品が発明の技術的範囲に属することを否定する考え方を示しているところ、被告各製品は、下記イのとおり「(ベヘン酸/エイコサン二酸)グリセリル」(以下「本件ベヘン酸」という。)及び3重量%以上の水分を含有しており、これにより、透明性が著しく低下し白濁しているものであり、本件各発明において意図された作用効果が妨げられている。
エ また、本件発明は、増粘剤として本件ベヘン酸を使用すると透明性が低くなるので、これを使用せず、増粘剤としてデキストリン脂肪酸エステルを使用することにより、「透明」との作用効果を実現したものであるから、本件ベヘン酸の使用を意識的に排除しているものと解釈することがきる。
そうすると、被告各製品は、本件ベヘン酸を含有するものである以上、本件発明の技術的範囲に属しない。
オ この点に関し、原告は、被告が本件発明を実施しながら、別成分として本件ベヘン酸を添加して、最終製品の透過率を下げているだけのことであると主張するが、被告各製品の販売が本件特許発明の公開に先立って開始されており、構成要件の形式的一致が偶然によるものであることを考慮しない主張であり、失当である。

(原告の主張)
(1) 時機に後れた攻撃防御方法
被告は、平成23年5月31日の第5回弁論準備手続期日までで侵害論に関する主張立証が終了したにもかかわらず、訴訟終了段階にある同年12月19日の第11回弁論準備手続期日において、同年12月14日付け準備書面(6)で、侵害論の補足として主張を追加した。これは、故意又は重大な過失により時機に後れて提出された主張であり、これによって本件訴訟の完結が遅延することとなることは明白であるから(民訴法157条1項)、上記主張は却下されるべきである。
(2) 仮に被告の主張が時機に後れた攻撃防御方法に該当しないとしても、当該主張は以下のとおり理由がない。
ア 被告は、大阪高判平成14年11月22日、東京地判平成16年2月25日を引用し、被告各製品は本件ベヘン酸及び多量の水分を含有することから、透明性の確保という本件各発明の作用効果が阻害されているから、被告各製品は本件各発明の技術的範囲に属しないと主張するが、被告の主張は、上記裁判例における前提事実関係及び判示内容の理解を誤っているものであり、失当である。
イ また、本件ベヘン酸の濃度が高まるにつれて透明度が低下したとしても、「透明」でなくなるというわけではなく、被告各製品において本件各発明の作用効果が妨げられているわけではない(甲23における実験結果参照)。被告は、本件各発明を実施しながら、別成分として本件ベヘン酸を添加して、最終製品の光の透過率を下げているだけのことであるから、これが、被告各製品が本件各発明の技術的範囲に属しない理由となるわけがない。
被告は、本件各発明が本件ベヘン酸の使用を除外している旨も主張するが、本件明細書に本件ベヘン酸の含有を除外する記載又はそれを示唆する記載はなく、失当である。

4~6 争点(2)~(4)
-省略-

7 争点(5)ア(本件発明1は乙2の1発明と同一の発明であって特許法29条1
項3号に違反するものか。)
(被告の主張)
(2)ア 以上のとおり、乙2の1文献には、「(A)油性成分、(B)ミリスチン酸デキストリンやパルミチン酸デキストリン等のデキストリン脂肪酸エステル、(C)炭素数8~10の脂肪酸とポリグリセリンのエステル、(D)ジ脂肪酸アシルグルタミン酸リシン塩、脂肪酸塩、N-脂肪酸アシルグルタミン酸塩、N-脂肪酸アシルメチルアラニン等の陰イオン界面活性剤を含む油性液状クレンジング用組成物」が開示されているのであり、各構成要件及び作用効果の点において、両発明は一致する。
イ この点に関し、原告は、本件発明1を単に構成要件に分説し、その個別の要件の1つが1つの公知文献に開示されていることを示すだけで新規性がないとする主張は許されないとする。
しかし、1つの公知文献に後願発明の構成要件の全てが開示されているならば、当該後願発明が新規性を欠くことは当然である。そもそも、新規性の判断において、出願前公知文献に基づいて認定される引用発明は、当該公報の請求項記載の発明に限定されるものではなく、構成要件として記載されていない開示事項を含めて認定されるものであり、そのようにして認定される引用発明が一つの公知文献である乙2の1文献に記載されており、それが本件発明と同一である以上、本件発明1が新規性を有しないことは明らかである。
ウ また、原告は、本件発明1は、乙2の1発明における油性ゲル状クレンジング用組成物の構成要素である「分子内に水酸基を2個以上有するポリヒドロキシル化合物の1種以上」を含有しない点で、乙2の1発明と相違すると主張する。
しかし、本件発明1は、(A)~(D)成分を含有する油性液状クレンジング用組成物と規定されており、「含有する」とは、(A)~(D)成分以外の成分を含むことを排除するものではない。

(原告の主張)
(2) 被告は、乙2の1文献に記載されている発明を特定することなく、単に本件発明1の各構成要件が乙2の1文献に開示されていることを指摘するのみであり、主張自体失当である。
被告の主張は、本件発明1を単に構成要件に分説し、その個々の要件が1つの公知文献に開示されていることを指摘しているにすぎない。



8~16 争点(5)イ~コ
-省略-

17 争点(5)サ(本件各発明は特開2002-348211号公報に係る発明から容易に想到することができたものとして特許法29条2項に違反するものか。)
(被告の主張)
(1) 損害論に入った段階においても、明白な無効理由があるときに、これに関する追加主張をすることは時機に後れた攻撃防御方法に当たらないと解されるところ、本件各発明に関しては、以下のとおり明白な無効理由が存在する。
(原告の主張)
被告は、平成23年5月31日の第5回弁論準備手続期日までで侵害論に関する主張立証が終了したにもかかわらず、訴訟終了段階にある同年12月19日の第11回弁論準備手続期日において、同年12月14日付け準備書面(6)(16頁~18頁)で、特開2002-348211号公報を主引例とする無効主張を追加した。
上記公報は、原告が訴状とともに書証(甲4の1)提出したものであり、かつ、訴状において、これを引用文献1とした拒絶理由通知(甲3の3)に対し、手続補正(甲3の4)及び意見書提出(甲3の5)を行い特許査定に至ったことにつき説明済みのものであり、被告は、平成23年5月31日までの時点で、上記公報につき十分に検討済みであったことが明らかである。
したがって、被告のこれらの主張が、故意又は重大な過失により時機に後れて提出された主張であり(民訴法157条1項)、また、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものである(特許法104条の3第2項)ことは明白であり、却下されるべきである。

18及び19  争点(6)及び(7)
-省略-
(要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告  株式会社ファンケル
  被告  株式会社ディーエイチシー