主要事件判決13 「ポリウレタン発泡剤・進歩性事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(ポリウレタン発泡剤・進歩性事件)
-平成23年(行ケ)第10191号 平成24年2月28日判決言渡-

判示事項
(1)取消事由1(本件訂正発明の認定の誤り)について
原告は、本件訂正発明における「(但し、HFC-134a又はHCFC-141bを含まない)」との構成は、使用する発泡剤(組成物または混合物)として、HFC-134aとHCFC-141bのどちらか一方(どちらでもよい)を含む態様を包含していると認定されるべきである旨主張する。
しかし、原告の主張は、採用の限りでない。すなわち、本件において、「HFC-134a又はHCFC-141bを含まない」との構成は、「HFC-134aのみを含む場合」、「HCFC-141bのみを含む場合」及び「HFC-134a及びHCFC-141bの両者を含む場合」の全てを除外する趣旨と理解するのが相当である。
(2)取消事由2(本件訂正発明の容易想到性判断の誤り-その1)について
以上の記載によれば、甲1(甲6-2)には、オゾン層に悪影響を与えるHCFC-141bの代替物質としてHFC-245fa及びHFC-365mfc(特に、HFC-365mfc)を発泡剤としての使用が提案されていることが認められる。なお、HCFC-141bを、その熱的性能、防火性能を理由として、依然として含有させるべきであるとの見解が示されているわけではないと解される。そうすると、甲1(甲6-2)において、HCFC-141bの代替物質としてHFC-245fa及びHFC-365mfcが好ましいとの記載から、混合気体からHCFC-141bを除去し、その代替物としてHFC-245faないしHFC-365mfcを使用した発泡剤組成物を得ることが、当業者に予測できないとした審決の判断は、合理的な理由に基づかないものと解される。
したがって、原告の上記①及び②の主張は理由があり、上記③の主張について検討するまでもなく、甲1に記載された混合気体から、本件訂正発明1、2、4ないし12、14ないし16、19が備える発泡剤成分事項1又は本件訂正発明20が備える発泡剤成分事項2を、当業者といえども容易に想到できないとした審決の判断は誤りである。
(3)取消事由4(本件訂正発明の作用効果の認定の誤り)について
甲15記載の追加実験データは、本件訂正発明のうち、限定された実施例について、限定された方法により実験された結果にすぎず、このデータのみから本件訂正発明の作用効果を認定することはできないというべきである。
なお、本件当初明細書の段落【0044】、【0045】には、それぞれ、「本発明によれば、発泡剤組成物は、HFC-365mfc 80質量部とHFC-32 20質量部とから成り立っていた。」、「本発明によれば、発泡剤組成物は、HFC-365mfc 70質量部とHFC-152a 30質量部とから成り立っていた。」との記載があり(例1のb)、c))、これらの実施例は、本件訂正発明における「HFC-365mfcが50質量%未満」との構成を充足するものではない。
したがって、甲15記載の追加実験データから、低温で熱遮断性に優れた発泡体を提供することができるという効果を確認できるとした審決には誤りがある。上記①の原告の主張には理由がある。
(4)付言
一般に、審決が、「本件訂正発明が甲1に記載された発明に基づいて容易に想到することができたか否か」を審理の対象とする場合、①引用例(甲1)から、引用発明(甲1に記載された発明)の内容の認定をし、②本件訂正発明と甲1記載の発明との一致点及び相違点の認定をした上で、③これらに基づいて、本件訂正発明の相違点に係る構成について、他の先行技術等を適用することによって、本件訂正発明1に到達することが容易であったか否か等を判断することが不可欠である。特に、本件においては、引用例の記載事項のいかなる部分を取捨・選択して、引用発明(甲1に記載された発明)を認定するかの過程は、引用発明として認定した結果が、本件訂正発明と引用発明との相違点の有無、技術的内容を大きく左右するという意味において、極めて重要といえる。
しかし、本件において、審決では、引用発明の内容についての認定をすることなく(甲1の記載を掲げるのみである。)、また本件訂正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定をすることなく(相違点が何であるか、相違点が1個に限るのか複数あるのか等)、甲1の文献の記載のみを掲げて、本件訂正発明1の容易想到性の有無の判断をしている。



事件の骨組
1.本件の経緯
平成11年 5月15日  国際特許出願
発明の名称「ポリウレタンフォームおよび発泡された熱可塑性プラスチックの製造」
特願2001-8388号の分割出願
平成19年 4月27日  特許登録  特許第3949889号
平成22年 3月 8日  原告、無効審判請求 無効2010-800040号
平成22年 4月 1日  訂正請求 (この訂正を「本件訂正」という。)
平成23年 5月 6日  審決
「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」

2 本件発明の要旨
(1)訂正後の特許請求の範囲:
【請求項1】 
発泡剤による発泡によってポリウレタン硬質フォームまたは発泡された熱可塑性プラスチックを製造する方法において、発泡剤として、
a)1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン50質量%未満(HFC-3 65mfc)および
b)ジフルオルメタン(HFC-32);ジフルオルエタン;1,1,2,2-テトラフルオルエタン(HFC-134);ペンタフルオルプロパン;ヘキサフルオルプロパン;ヘプタフルオルプロパンを含む群から選ばれた少なくとも1つの他の発泡剤
を含有するかまたは該a)およびb)から成る組成物(但し、HFC-134a又はHCFC-141bを含まない)を使用することを特徴とする、ポリウレタン硬質フォームまたは発泡された熱可塑性プラスチックを製造する方法。
(下線部は、今回の訂正箇所を示す。)
-以下、請求項2~20は省略-

3.本件審決の理由の要旨
(1)本件訂正の可否について
訂正を認める。
(2)無効理由1の成否について
本件訂正発明1、2、4ないし12、14ないし16、19及び20は、甲1に記載された発明、甲1及び甲12に記載された発明、又は、甲1及び甲3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである旨の請求人(原告)主張の無効理由1は採用できない。
(3)無効理由2の成否について
本件訂正発明1、2、4ないし12、14ないし16、19及び20は、甲4及び甲5に記載された発明、甲4、甲5及び甲1に記載された発明、甲4、甲5及び甲12に記載された発明、甲4、甲5及び甲3に記載された発明又は甲4、甲5、甲1及び甲3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである旨の請求人主張の無効理由2は採用できない。
(4)本件訂正発明1の作用効果等について
本件訂正発明1は「除くクレーム」の訂正がなされているが、「除くクレーム」とすることにより進歩性が認められるのは、先行技術と技術思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが先行技術と重なるような場合に限られるのであり、本件訂正発明1は、甲1に記載された発明及び甲4に記載された発明と技術思想としては異ならないので、「除くクレーム」の趣旨からみて、進歩性を有しないとの請求人の主張、及び、本件訂正発明が、甲1に記載された発泡剤及び甲4に記載された発泡剤に対して、顕著な作用効果を奏することは検証されていないとの請求人の主張も採用できない。

4.当事者の主張
(4-1)原告の主張
(1)本件訂正発明の認定の誤り(取消事由1)
「A又はBを含まない」という記載は、当初AやBが発明に含まれていたがこれを除外する趣旨であり、「A又はBが除かれている」と同義であって否定論理和であるから、「HFC-134aとHCFC-141bとの併用」をも含まないと解釈することは誤りである。
(2)本件訂正発明の容易想到性判断の誤り-その1(取消事由2)
審決の判断は、「HCFC-141bが有する熱的性能および防火性能を犠牲にしてもオゾン層の破壊を最小限に防ぐ」との甲1記載の発明の解決課題を誤り、「HCFC-141b」の熱的性能、防火性能に優れるとの点を過大に評価した結果、甲1に示される発泡剤組成物から「HCFC-141b」を除去し、本件訂正発明に想到することは容易でないとの結論を導いたものである。
(3)本件訂正発明の容易想到性判断の誤り-その2(取消事由3)
-省略-
(4)本件訂正発明の作用効果の認定の誤り(取消事由4)
本件において、追加実験データ(甲15)の比較例1及び2の発泡剤混合物の組成はHFC-365mfcが70質量部、HFC-245faが30質量部であるのに対し、甲1には、HFC-365mfcとHFC-245faだけでなく、さらにHCFC-141bを含む発泡剤組成物が記載され(甲1・521頁、Table 6のSample 1、甲6-2・9頁、表6の試料1))、追加実験データの比較例の発泡剤混合物と、甲1記載の発泡剤組成物とは全く異なるから、追加実験データは、甲1記載の発明に対する本件訂正発明の作用効果の顕著性を示すものではない。
また、本件当初明細書の例1のb)、c)においては、発泡剤組成物中、1、1、1、3、3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)はそれぞれ80質量部及び70質量部使用されており、本件訂正発明における「HFC-365mfcが50質量%未満」との構成を満たしていない。
したがって、本件当初明細書の例1のb)、c)の記載を前提として本件訂正発明の作用効果を認定した審決は誤りである。
(5)本件訂正発明1と、甲1記載の発明及び甲4記載の発明の技術思想が異なるとした判断の誤り(取消事由5)
-省略-

(4-2)被告の主張
(1)取消事由1(本件訂正発明の認定の誤り)に対し
-省略-
(2)取消事由2(本件訂正発明の容易想到性判断の誤り-その1)に対し
甲1には、表6のSample 1の発泡剤組成物が、「HCFC-141bが有する優れた熱的性能および防火性能を犠牲にしても、オゾン層の破壊を最小限に防ぐことを課題とし、当該課題の解決手段として代替物質(HFC-245faおよびHFC-365mfc)を提案する発明である」ことを示す記載は何ら存在しないから、原告の上記主張は、甲1の記載に基づかないものである。
(3)取消事由3(本件訂正発明の容易想到性判断の誤り-その2)に対し
-省略-
(4)取消事由4(本件訂正発明の作用効果の認定の誤り)に対し
甲1記載の発明と本件訂正発明とは、技術思想において相違する。本件訂正発明が、上記の技術思想に基づく所望の効果を奏するのに対し(甲15)、甲1には、発泡剤(組成物又は混合物)の50質量%未満のHFC-365mfcを特定の他の発泡剤と組み合わせて使用することによって、特に、低温での熱遮断特性に優れた発泡体を提供することができる点について記載も示唆もされていない以上、甲1記載の発明と本件訂正発明とを対比した実験結果がなくとも、甲1の記載に基づいて本件訂正発明の構成に容易に想到することはない。
-以下、省略-

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告  セントラル硝子株式会社
  被告  ゾルファイ フルーオル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング