主要事件判決8  「毛髪パーマネント方法、請求項の記載不備事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(毛髪パーマネント方法、請求項の記載不備事件)
-平成22年(行ケ)第10109号、平成23年2月28日判決言渡-

判示事項
① 36条6項1号は、「特許請求の範囲」の記載は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要するとしている。同条同号は、同条4項が「発明の詳細な説明」に関する記載要件を定めたものであるのに対し、「特許請求の範囲」に関する記載要件を定めたものである点において、その対象を異にする。特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した「特許請求の範囲」の記載に基づいて定められる旨規定されていることから明らかなように、特許権者の専有権の及ぶ範囲は、「特許請求の範囲」の記載によって画される(特許法68条、70条)。もし仮に、「発明の詳細な説明」に記載・開示がされている技術的事項の範囲を超えて、「特許請求の範囲」の記載がされるような場合があれば、特許権者が開示していない広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになり、当該技術を公開した範囲で、公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱することになる。36条6項1号は、そのような「特許請求の範囲」の記載を許さないものとするために設けられた規定である。したがって、「発明の詳細な説明」において、「実施例」として記載された実施態様やその他の記載を参照しても、限定的かつ狭い範囲の技術的事項しか開示されていないと解されるにもかかわらず、「特許請求の範囲」に、「発明の詳細な説明」において開示された技術的範囲を超えた、広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合は、同号に違反するものとして許されない(もとより、「発明の詳細な説明」において、技術的事項が実質的に全く記載・開示されていないと解されるような場合に、同号に違反するものとして許されないことになるのは、いうまでもない。)。
以上のとおり、36条6項1号への適合性を判断するに当たっては、「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比することから、同号への適合性を判断するためには、その前提として、「特許請求の範囲」の記載に基づく技術的範囲を適切に把握すること、及び「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項を適切に把握することの両者が必要となる。

② すなわち、前記のとおり、本願発明の特徴は、先行技術と比較して、「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し、非イオン性両親媒性脂質を含まない)」を適用するという前処理工程を付加した点にある。そして、①特許請求の範囲において、前処理工程を付加したとの構成が明確に記載されていること、②本願明細書においても、発明の詳細な説明の【0011】で、前処理工程を付加したとの構成に特徴がある点が説明されていること、③本願明細書に記載された実施例1における実験は、前処理工程を付加した本願発明と前処理工程を付加しない従来技術との作用効果を示す目的で実施されたものであることが明らかであること等を総合考慮するならば、本願明細書に接した当業者であれば、上記実施例の実験において、還元用組成物として用いられたDV2が「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」との明示的な記載がなくとも、当然に、「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」の一例としてDV2を用いたと認識するものというべきである。

③ 確かに、前記3(3)記載のとおり、原告は、本願発明の還元用組成物について、アミノシリコーンを含有しない還元用組成物である旨の意見を述べている(平成19年8月27日付け意見書(甲10))。しかし、原告が、このような意見を述べたのは、本願発明が、先行技術との関係で進歩性の要件を充足することを強調するためと推測され、手続過程でこのような意見を述べたことは、信義に悖るものというべきであるが、そのような経緯があったからといって、DV2が「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」であることにはならない。なお、甲14ないし16によれば、DV2は、アミノシリコーンを含有しているものと推認される。

④ 以上のとおりであり、審決が、(1)本願発明について、「還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし、その後アミノシリコーンを含有しない還元用組成物により還元処理をする」との構成に係る発明であると限定的に解釈したと解される点、(2)「前処理をせずに、アミノシリコーンを含む還元用組成物により還元処理をした従来技術」とを比較した場合の本願発明の効果が示されていないと判断した点、及び(3)本願発明1ないし9について、「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということはできないと判断した点に、誤りがある。
したがって、審決は、36条6項1号に適合しないとの結論を導いた限りにおいて、理由を誤った違法がある。



事件の骨組
① 本願の経緯
平成14年 4月 2日  特許出願
発明の名称:アミノシリコーンによる毛髪パーマネント再整形方法
平成17年 3月22日  拒絶査定
平成17年 7月 4日  審判請求(不服2005-12666号事件)
平成21年11月25日 「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決
平成21年12月 8日  原告に謄本が送達

② 本願の請求項1に記載の発明の概要
ケラチン繊維に対して「還元用組成物」を適用する作業の前に、当該ケラチン繊維に対して、アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し、非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用することを特徴とする、ケラチン繊維のパーマネント再整形方法。

③ 審決の概要
本願明細書の発明の詳細な説明には、「還元処理においてアミノシリコーンを含有する還元用組成物を毛髪に適用する場合」(従来技術)と「還元処理の前に前処理剤としてアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し、非イオン性両親媒性脂質を含まない。以下、前処理用化粧料組成物に含まれるアミノシリコーンミクロエマルジョンにつき、同じ。)を適用する場合」(本願発明)の効果の差について、具体的な比較実験データ等が示されていないので、本願発明が従来技術に比べて解決すべき課題を達成したものであるか否かが不明であると判断した上、請求項1ないし9記載の発明は、発明の詳細な説明の記載により、当業者がその発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとして記載されていないから、請求項1ないし9の記載は36条6項1号の規定に適合しないと判断した。

④ 原告の主張
(1)本願明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には、還元用組成物はアミノシリコーンを含まないとの記載はない。したがって、本願発明においては、還元処理に用いられる還元用組成物は、アミノシリコーンを含まないものに限定されることはない。
(2)本願明細書(【0059】ないし【0071】)に記載された実施例1ないし3においては、比較例(実施例1では「先行技術」と表示される。)と実施例が対比されており、比較例では、原告が販売する製品であるDV2 を用いて毛髪がパーマネントウェーブ処理されている。
甲15、16によれば、DV2には、アミノシリコーンが含有されている。
(3)本願明細書の実施例1には、「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物で前処理した後にDV2を用いて毛髪をパーマネント再整形した実施例」と、「上記のような前処理をせずにDV2を用いて毛髪をパーマネント再整形した比較例」が記載されており、【0060】の表1には、実施例は比較例よりも毛髪のアルカリ溶解性及び多孔性が小さいことが記載されており、実施例は比較例よりも毛髪の劣化を抑制することが示されている。
(4)本願明細書に記載された比較例は従来技術に相当し、本願明細書には、従来技術と本願発明との効果の差が、具体的な比較実験データにより提示されているから、本願明細書には、本願発明が従来技術に比べて、毛髪の機械的及び/又は美容的な劣化の程度を緩和し、それと同時にカールの満足し得る度合い、質及び快適さをも提供するとの作用効果を生じ、発明の解決すべき課題を達成したものであることが示されている。したがって、請求項1ないし9の記載は36条6項1号の規定に適合する。



⑤ 被告の反論
(1)特許請求の範囲の記載が、36条6項1号の規定に適合するといえるためには、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載により、当業者がその発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとして記載されていなければならない。そのため、本願明細書の発明の詳細な説明において、本願発明が、従来技術と比べて、毛髪の劣化を防ぎ、かつカールの度合い、質及び快適さを十分とし、短命でなくさせるとの作用効果を奏し、本願発明の課題を解決できることが示されていなければならない。
(2)実施例1、2において還元処理に用いられたDV2、及び実施例3において還元処理に用いられた硬化チオ乳酸毛髪ストレート化クリームには、アミノシリコーンは含有されていないはずである。
甲15は、本願出願日以後に撮影されたものであり、甲16は社内の機密資料であるから、これらに基づいて、本願出願日当時、DV2がアミノシリコーンを含有することが当業者にとって自明であったとはいえない。
(3)本願明細書に記載された比較例は従来技術に相当せず、本願明細書には、従来技術と本願発明との効果の差が、具体的な比較実験データにより提示されていないから、本願明細書には、本願発明が従来技術に比べて、毛髪の機械的及び/又は美容的な劣化の程度を緩和し、それと同時にカールの満足し得る度合い、質及び快適さをも提供するとの作用効果を生じ、発明の解決すべき課題を達成したものであることが示されていない。したがって、請求項1ないし9の記載は36条6項1号の規定に適合しない。

           (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告  ロレアル
  被告  特許庁長官