主要事件判決5  「塩酸モルヒネカプセル、特許期間延長上告事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(塩酸モルヒネカプセル、特許期間延長上告事件)
-平成21年(行ヒ)第326号、平成23年4月28日判決言渡-

判示事項
① 特許権の存続期間の延長登録出願の理由となった薬事法14条1項による製造販売の承認(以下「後行処分」という。)に先行して,後行処分の対象となった医薬品(以下「後行医薬品」という。)と有効成分並びに効能及び効果を同じくする医薬品(以下「先行医薬品」という。)について同項による製造販売の承認(以下「先行処分」という。)がされている場合であっても,先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは,先行処分がされていることを根拠として,当該特許権の特許発明の実施に後行処分を受けることが必要であったとは認められないということはできないというべきである。
② 特許権の存続期間の延長制度は,特許法67条2項の政令で定める処分を受けるために特許発明を実施することができなかった期間を回復することを目的とするところ,後行医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする先行医薬品について先行処分がされていたからといって,先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しない以上,上記延長登録出願に係る特許権のうち後行医薬品がその実施に当たる特許発明はもとより,上記特許権のいずれの請求項に係る特許発明も実施することができたとはいえない。
③ そして,先行医薬品が,延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは,先行処分により存続期間が延長され得た場合の特許権の効力の及ぶ範囲(特許法68条の2)をどのように解するかによって上記結論が左右されるものではない。



事件の骨組
① 本件特許の経緯
平成 9年 3月 6日  特許出願
発明の名称:放出制御組成物
平成12年12月 1日  設定登録 (特許3134187号)
② 特許期間延長出願の経緯
平成17年12月16日  存続期間延長登録出願
(登録願2005-700090号)
平成18年 8月 9日  拒絶査定
平成18年 9月20日  これに対する不服の審判を請求
不服2006-20937号事件
平成20年10月21日  「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決

  被上告人は、特許庁の審決を不服として、当該審決の取り消しを求めて提訴した。
事件は、平成20年(行ケ)第10460号として審理された。
平成21年 5月29日  判決言渡
主文
1 特許庁が不服2006-20937号事件について平成20年10月21日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

③ 特許期間延長出願の願書に記載の処分の内容
(1) 延長登録の理由となる処分
薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認
(2) 処分を特定する番号
承認番号:21700AMZ00737000
(3) 処分を受けた日
平成17年9月30日
(4) 処分の対象となった物
一般名称:塩酸モルヒネ、 販売名:パシーフカプセル30mg
(5) 処分の対象となった物について特定された用途
中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛

④ 本件審決の概要
本件処分の対象となった医薬品である「パシーフカプセル30mg」(以下「本件医薬品」という。)の「有効成分」は「塩酸モルヒネ」,「効能・効果」は「中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛」であるところ,「塩酸モルヒネ」を「中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛」に使用する医薬品である「オプソ内服液5mg・10mg」(以下「先行医薬品」という。)が本件処分の前である平成15年3月14日に承認され(以下,この承認を「本件先行処分」という。),同年6月13日に薬価収載され,同年6月26日に販売開始されていることからすれば,「塩酸モルヒネ」を「有効成分(物)」とし,同一の「効能・効果(用途)」を有する医薬品は,本件処分以前に既に承認されていたものであって,当該医薬品の有効成分,効能・効果以外の剤形などの変更の必要上,新たに処分を受ける必要が生じたとしても,本件発明の実施に特許法67条2項の政令で定める処分(以下「政令で定める処分」という。)を受けることが必要であったとは認められないから,本件出願は同法67条の3第1項1号の規定により拒絶すべきである,というものである。



⑤ 原審(平成20年(行ケ)第10460号)の概要
当裁判所は,本件出願に対し,本件先行処分があったことを理由として,本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとした審決の判断には,以下の2点(「特許法67条の3第1項1号該当性の誤り」及び「先行処分に係る延長登録の効力の及ぶ範囲についての誤り」)において誤りがあり,その誤りは,いずれも審決の結論に影響するものであるから,審決を取り消すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1 特許法67条の3第1項1号該当性の誤り
(1) 特許法67条の3第1項1号の趣旨等
以上の点を前提として整理する。特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことを論証する必要があるということになる(なお,特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,出願人が主張,立証すべきものと解される。)。換言すれば,審決において,そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできない
というべきである。
(2) 本件事案について
したがって,本件先行処分の存在は,本件発明に係る特許権者である原告にとって,本件発明の技術的範囲に含まれる医薬品について薬事法所定の承認を受けない限り,本件発明を実施することができなかった法的状態の解消に対し,何らかの影響を及ぼすものとはいえない。本件先行処分の存在は,本件発明の実施に当たり,「政令で定める処分」(本件では薬事法所定の承認)を受けることが必要であったことを否定する理由とならない。
(3) 小括
上記検討したところによれば,審決は,その「4-1 医薬品における『物』と『用途』の解釈」の項における説示の当否にかかわらず,本件先行処分の存在を理由として,本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないから,本件出願は特許法67条の3第1項1号により拒絶すべきであると判断した点に誤りがあり,この誤りが審決の結論に影響することは明らかである。

2 先行処分に係る延長登録の効力の及ぶ範囲についての誤り
当裁判所は,審決が,先行処分を理由とする特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力を,処分の対象となった品目とは関係なく,「有効成分(物)」,「効能・効果(用途)」を同一とする医薬品に及ぶものと解して,原告のした延長登録の出願に対して,政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないと判断した点に関し,特許法68条の2の解釈上の誤りがあると解する。
(1) 特許法68条の2の趣旨について       -略-
(2) 「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合における「政令で定める処分」の対象となった「物」について
以上のとおり,特許発明が医薬品に係るものである場合には,その技術的範囲に含まれる実施態様のうち,薬事法所定の承認が与えられた医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施,及び当該医薬品の「用途」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施についてのみ,延長された特許権の効力が及ぶものと解するのが相当である(もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,技術的範囲の通常の理解に照らして,当然であるといえる。)。
(3) 被告の主張に対し
ア 文理解釈について        -略-
イ 立法の経緯について       -略-
ウ 薬事法の規制のポイントについて
被告は,有効性,安全性の確保という目的から見たときの医薬品の本質は,「有効成分」及び「効能・効果」にあり,これが薬事法の規制のポイントであると主張する。
しかし,以下のとおり,被告の主張は採用することができない。
薬事法は,有効性及び安全性の確保という目的のため,「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」のすべてを規制している。
また,医薬品の「成分」は,「有効成分」以外のものであっても,医薬品の有効性,安全性を左右することがあり,「分量」,「構造」も同様である。さらに,「用法」,「用量」,「使用方法」,「性能」,「副作用その他の品質」も,「効能」,「効果」と同じく,医薬品の有効性,安全性を左右するものである。そうすると,医薬品の「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」のうち,特に「有効成分」及び「効能・効果」が,薬事法の規制のポイントであるとは到底認められない。
エ 改善多項制の下での問題点について   -略-
オ 被告のその他の主張について      -略-
(4) 小括
以上のとおり,特許法68条の2にいう「政令で定める処分の対象」となった「物」を「有効成分」であるとしてした審決の判断には,誤りがある。

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  上告人  特許庁長官
被上告人 武田薬品工業株式会社



裁判所法
第十条(大法廷及び小法廷の審判) 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。
一 当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。(意見が前に大法廷でした、その法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとの裁判と同じであるときを除く。)
二 前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。
三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

民事訴訟法
(上告受理の申立て)第318条 上告をすべき裁判所が最高裁判所である場合には、最高裁判所は、原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について、申立てにより、決定で、上告審として事件を受理することができる。



(この法律に定めがない事項)
 第7条 行政事件訴訟に関し、この法律に定めがない事項については、民事訴訟の例による。