主要事件判決4  「アルツハイマー型認知症、特許期間延長登録無効事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(アルツハイマー型認知症、特許期間延長登録無効事件)
-平成21年(行ケ)第10423号 外6件、平成23年2月22日判決言渡-

判示事項
① そして,「用途」とは「使いみち。用いどころ。」を意味するものであり,医薬品の「用途」とは医薬品が作用して効能又は効果を奏する対象となる疾患や病症等をいうと解され,「用途」の同一性は,医薬品製造販売承認事項一部変更承認書等の記載から形式的に決するのではなく,先の承認処分と本件承認処分に係る医薬品の適用対象となる疾患の病態(病態生理),薬理作用,症状等を考慮して実質的に決すべきであると解されるところ,本件のように,対象となる疾患がアルツハイマー型認知症であり,薬理作用はアセチルコリンセルテラーゼの阻害という点では同じでも,先の承認処分と後の処分との間でその重症度に違いがあり,先の承認処分では承認されていないより重症の疾患部分の有効性・安全性確認のために別途臨床試験が必要な場合には,特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって政令で定めるものを受ける必要があった場合に該当するものとして,重症度による用途の差異を認めることができるというべきである。
② よって,本件においては,前記判示のとおり,疾患としては1つのものとして認められるとしても,用途についてみれば,先の承認処分における用途である「軽度及び中等度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と本件承認処分における用途である「高度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」が実質的に同一であるといえないとして,存続期間の延長登録無効審判請求を不成立とした審決は,その判断の結論において誤りはない。
③ また,先の承認処分と後の処分との間でその重症度に違いがあり,先の承認処分では承認されていないより重症の疾患部分の有効性・安全性確認のために別途臨床試験が必要であった場合には,その臨床試験等のために費やした期間は特許存続期間が浸食されており,特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって政令で定めるものを受ける必要があった場合に該当すると解されることは前記のとおりである。
そうすると,原告らの指摘する医療現場に混乱が生じるおそれや先の承認処分と本件承認処分のいずれもアルツハイマー型認知症という点では用途が同じであることを理由にして,先の承認処分と本件承認処分の用途が同じであるということはできない。



事件の骨組
① 本件特許の経緯
昭和63年 6月22日  特許出願
発明の名称:環状アミン誘導体
平成 8年11月 7日  設定登録 (特許2578475号)
② 本件特許期間延長出願の経緯
平成19年11月22日  存続期間延長登録出願
(登録願2007-700111号など)
平成20年 6月25日  特許権の存続期間の延長登録
③ 本件の延長登録無効の請求
平成20年11月 7日  原告らによる延長登録無効審判請求
無効2008-800238号事件など
平成21年11月25日 「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決
平成21年12月 7日  原告らに謄本が送達
④ 本件特許期間延長出願の願書に記載の処分の内容
・ 処分の対象となった物
一般名称:塩酸ドネペジル、 販売名:アリセプト錠
・ 処分の対象となった物について特定された用途
アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制(ただし,軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制を除く。)
⑤ 先の延長登録の処分の内容
・ 処分の対象となった物
一般名称:塩酸ドネペジル、販売名:アリセプト錠
・ 処分の対象となった物について特定された用途
軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制
⑥ 本件審決の概要
請求人(原告ら)は,本件延長登録が無効とされるべき理由として,先の存続期間延長登録の理由となった処分(先の承認処分)の対象となった物について特定された用途は,「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」(先の用途)であり,これを効能・効果とする処分に基づいて当該延長登録は認められたとした上で,先の用途と,本件延長登録の理由となった処分(本件処分)の対象となった物について特定された用途(本件用途)である「アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制(但し,軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制を除く。)」(実質的には「高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」)は,実質的に同一であり,本件延長登録は,本件特許発明の実施に特許法67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められない場合の出願に対してされたものであると主張する。
しかし,先の用途である「軽度及び中程度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と本件延長登録に係る用途である「アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制(但し,軽度及び中程度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制を除く。)」(実質的には「高度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」)は実質的に同一ではないから,本件延長登録は,本件特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって政令で定めるものを受ける必要がない場合の出願に対してなされたものではない。

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告  沢井製薬株式会社 外7名
  被告  エーザイ株式会社