主要事件判決2  「日焼け止め剤実験結果追加事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(日焼け止め剤実験結果追加事件)
-平成21年(行ケ)第10238号、平成22年7月15日判決言渡-

判示事項
① 特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり、当初明細書に「発明の効果」について、何らの記載がないにもかかわらず、出願人において、出願後に実験結果等を提出して主張又は立証することは、先願主義を採用し発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので、特段の事情のない限りは,許されないというべきである。
また、進歩性の判断において、本願当初明細書において明らかにしていなかった「発明の効果」について出願の後に補充した実験結果等を参酌することは、出願人と第三者との公平を害する結果を招来するので、特段の事情のない限り許されないというべきである。
他方,進歩性の判断において、「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは、上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから、当初明細書に,「発明の効果」に関し何らの記載がない場合はさておき、当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には、記載の範囲を超えない限り、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり、許されるか否かは前記公平の観点に立って判断すべきである。
② 確かに、本願当初明細書には、【参考資料1】の実験の結果で示されたSPF値及びPPD値について格別の効果が明記されているわけではない。しかし、本件においては、本願当初明細書に接した当業者において、広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であることを認識することができる場合であるといえるから、進歩性の判断の前提として、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され、また、これを参酌したとしても出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。
③ 被告は、段落【0011】の記載は、本願発明の効果についての一般的な記載に止まるものであって、本願当初明細書によっては、どの程度のSPF値やPPD値を有するかについて推測し得ないと主張する。
しかし、被告の主張を前提とすると,本願当初明細書に,効果が定性的に記載されている場合や、数値が明示的に記載されていない場合、発明の効果が記載されていると推測できないこととなり、後に提出した実験結果を参酌することができないこととなる。このような結果は、出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと、審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば、出願人に過度な負担を強いることになり、実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ、前記公平の理念にもとることとなり、採用の限りでない。
④ 被告は、本願当初明細書には開示も示唆もなかった併用による相乗効果を、本件特許出願の後に新たに主張することは,先願主義を採り発明の開示の代償として特許権を付与するという特許制度の趣旨からみても許されることではないとも主張する。
しかし、本願当初明細書には、他の特定成分と組み合わせた本願発明の組成物が優れた紫外線防止効果を有することを当業者が理解し、各組成成分の和を超えた相乗効果をも奏し得るであろうことを理解することができる程度の記載がなされていたいえるから、被告の上記主張は、採用の限りでない。
⑤ 被告は、特定の成分を特定の配合割合で含む1例(実施例1)にすぎない実験結果によって、特許請求の範囲全体にわたって本願発明の作用効果が示されたとすることはできないとも主張する。
しかし、発明の効果について,特許請求の範囲の全体にわたって,あまねく実験による確認を求めることは、効果の裏付けのために過度な実験を要求するものであり、発明の保護の観点に照らして相当ではなく、被告の主張は、採用の限りでない。



事件の骨組
(1)経緯
原告は,発明の名称を「日焼け止め剤組成物」とする発明について特許出願した。
① 平成11年7月29日、国際特許出願(優先権主張有り)をした。
② 平成17年5月9日付け手続補正書により段落【0012】を補正し、本発明の日焼け止め剤におけるUV-Bフィルターを「0.1~4重量%の2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に限定した。
③ 平成18年11月15日に拒絶査定を受けた。
④ 平成19年2月19日、不服の審判を請求した。
⑤ 平成19年3月19日付けの審判請求理由補充書において、【参考資料1】として、本願発明(請求項1)の組成物のSPF値及びPPD値に関する実験結果のデータを提出した。
⑥ 平成21年3月31日、本願の当初明細書には「UV-Bフィルター」を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に特定することによる効果が何ら具体的に記載されていないので【参考資料1】は参酌することができないとして、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされた。

(2)原告の主張
① 本願の当初明細書には、UVB日焼け止め剤活性種(UV-Bフィルター)について、「好ましいUVB日焼け止め剤活性種は、2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸、TEAサリチレート、オクチルジメチルPABA、酸化亜鉛、二酸化チタン、及びそれらの混合物から成る群から選択される。好ましい有機性日焼け止め剤活性種は2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸である」(段落【0025】)と記載されている。そして、本願の優先権主張日以前に、SPF値,PPD値(日本ではPA)は、当該技術分野において紫外線防止効果の指標として認識されており,その測定方法も知られていたことを踏まえると、紫外線防止効果に優れる組成物が示すであろうSPF値やPPD値は当然に推測可能である。したがって、審判請求理由補充書の本件【参考資料1】実験の結果を参酌すべきであり、これを参酌することができないとした審決の判断は誤りである。
② 審判請求理由補充書に添付の【参考資料1】の実験の結果によれば、本願発明は、2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸を他の特定成分と組み合わせることにより、各成分が互いに有機的に作用し合う結果として、顕著な作用効果がある。
したがって、本願発明の紫外線防止効果が当業者の予想範囲内のものであるとした審決の判断は誤りである。

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告 ザ プロクター アンド ギャンブル カンパニー
  被告 特許庁長官