主要事件判決16 「審判回答書事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(審判回答書事件)
-平成22年(行ケ)第10190号、平成23年4月27日判決言渡-

判示事項
① 裁量権の逸脱、濫用について
原告は、審判合議体が、請求人の提出に係る回答書(補正案が添付記載されている。)の当否について審理せず、これに対する理由を示さなかった点において、審判合議体の有する裁量権を逸脱、濫用したものであり、違法であると主張する。
しかし、原告の主張は失当である。
特許法158条には、「審査においてした手続は、拒絶査定不服審判においても、その効力を有する」と規定されている。同規定によれば、拒絶査定不服審判は、審査における手続を有効なものとした上で、必要な範囲で更に手続を進めて、出願に係る発明について特許を受けることができるか否かを審理するものであり、審査との関係では、いわゆる続審の性質を有する。
そして、審判手続の過程で請求人の提出した書面に記載された意見の当否について、審決において、個々的具体的に理由を示すことを義務づけた法規はない。したがって、審決において、請求人の提出に係る回答書(補正案が添付記載されている。)について、その当否について、個々的具体的な理由を示さなかったとしても、当然には裁量権の濫用又は逸脱となるものではない。
なお、回答書に記載された「補正案」は、特許法所定の手続に沿った補正手続でないことは、当事者間に争い
はない。
② ところで、上記「審尋」と題する書面には、本願は拒絶されるべきものである旨の審査官作成の前置報告書(甲1の8)が転載されるとともに、「この審判事件の審理は、今後、この<<前置報告書の内容>>を踏まえて行うことになります。この審尋・・・は、この審判事件の審理を開始するにあたり、<<前置報告書の内容>>について、審判請求人の意見を事前に求めるものです。意見があれば回答してください。(備考)・この審尋は、拒絶理由の通知・・・ではありません。したがって、この審尋の回答に際し、同法第17条の2に規定する補正をすることはできません。なお、拒絶査定の理由と異なる拒絶理由があり、合議体が必要と判断した場合には、あらためて拒絶理由が通知され、同法第17条の2に規定する補正の機会が与えられます。」との記載があることが認められる。
上記「審尋」と題する書面によれば、同書面は、①前置報告書の内容を示して、審判手続は、同報告書の内容を踏まえて実施する方針を伝え、②請求人に対して意見を求めた書面であると認められる。したがって、上記書面に沿って、請求人が、補正案の記載された回答書を提出したからといって、審判合議体において、請求人の提出した補正案の記載された回答書の内容を、当然に審理の対象として手続を進めなければならないものではなく、また、審決の理由中で、請求人の提出した回答書の当否を個別具体的に判断しなければならないものではない。審判手続及び審決に、上記の点に関する裁量権の濫用ないし逸脱はない。
③ 原告の提出した回答書に添付された「補正案」の手続上の意義について
しかし、原告の主張は、以下のとおり失当である。すなわち、拒絶査定不服審判請求を審理判断する審判合議体は、①特許をすべき旨の審決をする権能を有するとともに、他方、②拒絶査定と異なる理由で拒絶すべき旨の審決をする権能を有するが、後者の場合には、請求人に対して、新たな拒絶理由を通知して、意見書提出の機会を与えなければならない旨規定されている(特許法159条2項、3項、50条。なお、特許法50条、159条2項については、平成14年法律第24号改正附則2条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の法をいうものである。)。したがって、同規定によれば、請求人が補正をすることができるのは、審判請求の日から所定の期間内の補正をする場合を除いては、審判合議体において、拒絶査定と異なる理由で拒絶すべき旨の審決をしようとする場合に限られるのであって、上記ウエブサイトに記載されたような、「補正案が一見して特許可能であることが明白である」場合や「迅速な審理に資する」場合等が、これに該当するとはいえない。
そうすると、本件において、審判合議体が、請求人の提出した補正案を記載した回答書に基づいて補正の機会を与えなかったこと、及び審決の理由において、その点に関する判断を個別的具体的に示さなかったことが、審理及び判断における裁量権の逸脱、濫用に当たるということはできない。また、補正案に記載された発明が一見して特許可能でありさえすれば、補正の機会が当然に与えられるとの原告の主張は、その前提において採用することができないので、補正案に記載された発明が一見して特許可能であるか否かについて検討するまでもなく、原告の主張は採用できない。

事件の骨組
① 本件特許の経緯
平成 7年 8月18日  特許出願、
発明の名称「CMV核酸の増幅用及び検出用プライマー及びプローブ」
平成19年10月 5日  拒絶査定
平成20年 1月11日  不服審判請求 不服2008929号
平成20年 2月 8日  手続補正書を提出
平成20年 6月27日  前置報告書
平成21年 5月26日  審尋を送付
平成21年11月26日  回答書提出 「補正案」を添付
平成22年 2月 1日  補正却下し、請求成り立たない旨の審決

② 原告の主張
・回答書では、審尋で挙げられた拒絶理由についての意見が詳述され、補正案のとおりに補正を希望する旨述べられていた。
しかし、請求人は、平成22年1月19日、審理終結通知(同月13日起案)を受け取り、同年2月16日に審決を送達されたが、審決においては、回答書の内容については一切言及がなく、補正案についても何ら判断が示されていなかった。
審判合議体は、請求人が、審判合議体の判断が得られることを期待して回答期間内に回答書を提出したにもかかわらず何ら判断を審決で示さず、補正案について不利益に扱う場合にはその理由を明確に示すべきであるのに審決で示さなかったのであり、その対応は、信義誠実の原則に反し、審理における裁量権を逸脱、濫用したものである。

 ・補正案に記載された発明(以下「補正案発明」という。)は、以下のとおり、査定・審判段階から審決までに示された拒絶の理由は全て解消しており、一見して特許可能と考えられるから、これについて十分に検討しなかった審判合議体の審理には裁量権の逸脱、濫用があるというべきである。



③ 被告の反論
・回答書等に添付して提出した補正案に係る発明は、手続補正書によらないものであって、審査・審理の対象とすべき発明ではない。したがって、補正案発明について、特許性があるか否かは、本願発明に関する審決の結論に何ら影響を及ぼすものではない。審決は、信義誠実の原則に反し、審判合議体の裁量権を逸脱・濫用するとの原告の主張は失当である。

 ・特許庁のウエブサイトには、補正案が一見して特許可能であることが明白である場合に、審判合議体は補正案を考慮した審理を進める可能性もあるが、原則として補正案を考慮して審理を進めないこと、すなわち補正案を考慮して審理をするのは例外的な場合であることが示されている。

 ・原告は、補正案発明は進歩性があり一見して特許可能であると主張する。
しかし、原告の主張は、次のaないしg記載の理由(審尋(甲1の9)において指摘された事項である。)を解消するものではない。特に、特定のプライマー対や特定のプローブに係る補正案発明4については、引用文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審尋の指摘を克服するための補正案が示されていない。
したがって、補正案発明が一見して特許可能であったとはいえず、原告の主張は失当である。

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告 バイオメリオ・ベー・ベー
  被告 特許庁長官