主要事件判決15 「伸縮可撓管移動規制装置、容易推考性事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(伸縮可撓管移動規制装置、容易推考性事件)
-平成22年(行ケ)第10187号、平成22年12月28日判決言渡-

判示事項
① 本願補正発明(注:本件補正後の請求項1に係る発明を「本願補正発明」という。)が、特許法29条2項所定の要件を備えているか否かを判断するに当たっては、本願補正発明とこれに最も近い特定の引用発明とを対比し、本願補正発明の相違点に係る構成(技術的事項)について、当業者の出願時の技術常識等に照らして、引用発明から出発して容易に到達できたか否かを検討することによって判断される。ところで、以下のとおり、引用発明には、本願補正発明が目的としている技術的事項(「解決課題」及び「課題を達成するための手段」)についての記載は全く存在しないから、引用発明を基礎として、本件補正発明に至ることはないというべきである。
② 特許法29条2項への該当性を肯定するためには、先行技術から出発して当該発明の相違点に係る構成に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく、当該発明の相違点に係る構成に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在していたことが必要であるというべきところ、刊行物1の段落【0040】の記載は、刊行物2に記載された技術を適用することについて、「相違点に係る構成に到達したはずであるという程度の示唆等」を含む記載ということはできない。
③ 仮に上記補強手段の省略が当業者において容易であったとしても、引用発明が配管施工後のタイロッドの破壊を前提としているのに対し、本願補正発明は、配管施工後も一定範囲内の異常荷重である限りタイロッド自体が破損等しないことを目的としているという点で、その技術的思想を異にするものである以上、補強手段を省略することが容易であるとの上記主張は、結論に影響する反論とはいえない。

事件の骨組
① 本件特許の経緯
平成15年 4月24日  特許出願(特願2003-120332号)
平成21年 2月10日  拒絶査定
同年 3月12日  不服の審判請求(不服2009-5363号)
平成22年 4月28日  「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決
② 原告の主張
(1)本願補正発明の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由1) -省略-
(2)相違点1に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2)    -省略-
(3)相違点2に係る容易想到性判断の誤り(取消事由3)
引用発明は、地震や地盤沈下等の異常な外力が作用したときには、ロッド自体が破壊され、それにより伸縮可撓管が突き破られるおそれがあるという従来技術における課題をそのまま有するものであって、本願補正発明のように伸縮可撓管の突破れ防止の課題を解決するものではない。
本願補正発明におけるタイロッドは、伸縮可撓管継手の運搬時及び設置時において伸縮可撓管継手の形状を安定させておく形状安定機能に加えて、設置後において流体輸送管内の水圧等により発生する不平均力(引張力)に耐えて、強い地震時における伸縮可撓管継手の移動シロを確保しておく伸縮可撓管継手の移動距離維持機能をも備えるものであり、このような水圧が原因で発生する不平均力による引張力では破壊されない強度を備えるタイロッド構造を前提としており、このために上述したような課題が新たに生じたものである。これに対し、刊行物1に記載されている伸縮可撓管継手は、運搬時においてロッドにより伸縮可撓管継手の形状を安定させ、設置後においてそのロッドの耐久性を弱めることを主目的としており、設置後に発生する不平均力に耐え得るようなタイロッドの使用形態を前提としているものではないので、本願補正発明とはその前提を異にする。
(4)本願補正発明の作用効果に係る認定の誤り(取消事由4)  -省略-
(5)本件補正前の本願発明の認定の誤り(取消事由5)     -省略-
③ 被告の反論
(3) 取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)に対し
刊行物1記載の実施例は、従来の移動規制装置に対して地震や地盤沈下等に起因して大きな力が作用した場合に脆弱部が破壊されて配管部材の損傷を防止するようにした伸縮可撓管の一種である管継手において、運搬途中や配管施工中等に不測の相対移動が発生するおそれがあることに着目しているという解決課題の相違はあるとはいえ、これに接した当業者であれば、上記管継手が設置される現場の環境や設置の条件に応じて、取付片の間隔が狭くなる方向の力、すなわち圧縮力を受けることがあることは、設計をする際に十分に認識することができるから、引用発明において、圧縮力が作用することに着目することは単なる設計事項であるということができる。
原告の上記主張は、上記実施例の脆弱部はロッド13に設けた切欠部16以外にはないことを前提としたものであり、理由がない。すなわち、上記低強度ナットは、異常荷重が作用したときに変形又は破壊されることを前提に用いるものであり、タイロッドに圧縮方向の力が作用するか、引張方向の力が作用するかにかかわりなく、低強度ナットが変形又は破壊される方向の異常荷重が作用したときはタイロッド自体の破壊を防止する機能を有するものであるから、タイロッドが破壊して伸縮可撓管を突き破るようなことがないことは、低強度ナットそのものの機能として、当業者が低強度ナットを使用するに当たって認識できることである。

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告 コスモ工機株式会社
  被告 特許庁長官