主要事件判決14 「抗ウィルス性オキサチオラン、特許期間延長事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(抗ウィルス性オキサチオラン、特許期間延長事件)
-平成22年(行ケ)第10177号、平成23年3月28日判決言渡-
-平成22年(行ケ)第10178号、平成23年3月28日判決言渡-

判示事項
① 従来、先行処分がされた後に、さらに処分(後行処分)がされ、後行処分があったことを理由とする延長登録の出願の可否が争われた事案においては、仮に先行処分を理由として存続期間が延長された場合(なお、本件においては、先行処分に基づく存続期間の延長はされていない。甲13参照)には、その特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという観点(特許法68条の2)を踏まえて検討されてきた。本件においても、例外ではなく、審決は、特許法67条の3第1項1号の解釈に当たっては、同法68条の2の規定と整合させるべきであるなどとして、結論を導いている。
しかし、仮に先行処分を理由として存続期間が延長された場合に、特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという論点は、特許法67条の3第1項1号の要件の充足性(特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否か)と、常に直接的に関係する事項であるとはいえない。むしろ、本件を含む、特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては、拒絶すべきとの査定(審決)の根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を検討することが必須である。そこで、この観点から検討する。

② 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨
「その特許発明の実施」について、特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には、特許権者は、たとえ、特許権を有していても、特許発明を実施することができず、実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも、このような期間においても、特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく、特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について、当該第三者に対して、差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって、特許権者の被る不利益の内容として、特許権のすべての効力のうち、特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものである。)。そして、このような結果は、特許権者に対して、研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし、また、一般の開発者、研究者に対しても、研究開発のためのインセンティブを失わせるため、そのような不都合を解消させて、研究開発のためのインセンティブを高める目的で、特許発明を実施することができなかった期間、5年を限度として、特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。
なお、政令で定められた薬事法の承認や農薬取締法の登録は、いわゆる講学上の許可に該当し、製造販売等の行為が、一般的抽象的に禁止され、各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによってはじめて、当該行為を行うことが許されるものであるから、特許権者が、許可を得ようとしない限り、当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。しかし、特許法は、特許権者が、許可を得ようとしなかった期間も含めて、特許発明を実施することができなかったすべての期間(5年の限度はさておいて)について、存続期間延長の算定の基礎とするのではなく、特許発明を実施する意思及び能力があってもなお、特許発明を実施することができなかった期間、すなわち、当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間に限って、存続期間延長の対象とするものである。この点については、「その特許発明の実施をすることができない期間」とは、「政令で定める処分」を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちのいずれか遅い方の日から、当該「政令で定める処分」が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間を意味するとした判例(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日・民集53巻7号1270頁参照)からも明らかである。(なお、政令で定められた薬事法の承認行為に、安全性等を確認するという公認的な性格があったとしても、承認行為が、一般的抽象的に禁止された法的状態を解消させるという法律効果を有することに対し、何らかの影響を与えるものではない。)。
このように、特許権の存続期間の延長登録の制度は、特許発明を実施する意思及び能力があってもなお、特許発明を実施することができなかった特許権者に対して、「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について、当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間、特許権の存続期間を延長するという方法を講じることによって、特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。

③ 特許法67条の3第1項1号の要件
上記規定によれば、特許法の存続期間の延長登録の出願に関し、同条1項1号所定の拒絶査定をするための処分要件は、「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」のみであり、また、その主張、立証責任は、拒絶査定をする被告において負担すると解すべきである。

④ 以上の点を前提として整理する。特許法67条の3第1項1号は、「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と、審査官(審判官)が、延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから、審査官(審判官)が、当該出願を拒絶するためには、①「政令で定める処分」を受けたことによっては、禁止が解除されたとはいえないこと、又は、②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかを論証する必要があるということになる(なお、特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし、「政令で定める処分」の存在及びその内容については、出願人が主張、立証すべきものと解される。)。換言すれば、審決において、そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り、同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。

 注:平成22年(行ケ)第10178号は、特許第2954357号を対象とした   同内容の判決である。

事件の骨組
① 本件特許の経緯
平成 2年 2月 8日  特許出願、
平成 9年 5月 2日  設定登録 (特許2644357号)
② 特許期間延長出願の経緯
平成17年 3月24日  存続期間延長登録出願
(登録願2005-700029号)
平成19年12月26日  拒絶査定
平成22年 1月26日 「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決
その謄本は同年2月5日に原告に送達された。
③ 処分の内容
(1) 延長登録の理由となる処分
平成14年法律第96号(平成17年4月1日施行)による改正前の薬事法14条1項(以下「薬事法」という。)に規定する医薬品に係る同項の承認
(2) 処分を特定する番号
承認番号:21600AMZ00653000号
(3) 処分の対象となった物
ラミブジンおよび硫酸アバカビル
(4) 処分の対象となった物について特定された用途
HIV感染症
④ 審決の概要
本件処分の対象となった物はラミブジン及び硫酸アバカビルであり、本件処分の対象となった物について特定された用途はHIV感染症であるところ、平成12年3月29日、ラミブジンが有効成分として記載されるエピビル錠について、[効能又は効用]を、「下記疾患患者におけるジドブジンとの併用療法 HIV感染症」から「下記疾患患者における他の抗HIV薬との併用療法 HIV感染症」と変更する医薬品製造承認事項一部変更承認(以下「本件先行処分」という。判決注:審決にいう「先の処分」と同じである。)がなされた。本件先行処分は、HIV感染症の治療におけるジドブジンとの併用療法を、有効成分をラミブジンと他の抗HIV薬とする併用療法に変更するものであるから、実質的に、本件先行処分の対象となった物は「ラミブジンおよび他のHIV薬」であり、本件先行処分の対象となった物について特定された用途は「HIV感染症」である。
そして、硫酸アバカビル(ザイアジェン錠)は、本件先行処分時に既に販売されていた医薬品であり、その効能・効果はHIV感染症であって、用法・用量として、通常、成人には他の抗HIV薬と併用されるものであるところ、本件処分は、ラミブジン(エピビル錠)と抗HIV薬である硫酸アバカビル(ザイアジェン錠)との併用療法が行われていたが、この2種類の抗HIV薬を合剤とすることに関して審査がなされ、合剤であるカイベクサ錠に対して承認がなされたものである。そうすると、本件先行処分でいうラミブジン(エピビル錠)と併用する「他のHIV薬」には、当時既に販売されていた抗HIV薬であって、他の抗HIV医薬と併用されていた硫酸アバカビル(ザイアジェン錠)が含まれる。
したがって、本件処分と本件先行処分とは、処分の対象となった物及び処分の対象となった物について特定された用途のいずれにおいても重複し、本件発明の実施に本件処分が必要であったとは認められないから、本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し、特許権存続期間の延長登録を受けることができない。

⑤ 原告の主張
審決は、(1)特許法67条の3第1項1号の解釈・適用の誤り(取消事由1)、(2)同法68条の2にいう「政令で定める処分の対象となった物」の解釈の誤り(取消事由2)、(3)本件先行処分の対象となった「物(有効成分)」と本件処分の対象となった「物(有効成分)」が重複すると認定し、同法67条の3第1項1号を適用した誤り(取消事由3)があり、これらは審決の結論に影響を及ぼすものであるから、違法として取り消されるべきである。

⑥ 被告の反論
(1)取消事由1(特許法67条の3第1項1号の解釈・適用の誤り)に対し
特許法67条2項にいう「特許発明の実施」の意義は、薬事法上の承認処分に関しては、新しい有効成分や効能・効果を有する新薬の製造販売等に係る承認処分の場合に限定解釈されると解するのが相当である。
(2)取消事由2(特許法68条の2にいう「政令で定める処分の対象となつた物」の解釈の誤り)に対し
特許権の存続期間が延長された場合の効力を定めた特許法68条の2と、その延長の要件を定めた同法67条2項及び延長登録の出願の拒絶事由を定めた同法67条の3第1項1号とは、整合的に解釈しなければならない。
(3)以下、省略。
(要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告 シャイアー カナダ インコーポレイテッド
  被告 特許庁長官