主要事件判決13 「マイクロ電極アレイ、拒絶理由不開示事件」

主要判決全文紹介
《知的財産高等裁判所》
審決取消請求事件
(マイクロ電極アレイ、拒絶理由不開示事件)
-平成22年(行ケ)第10174号、平成23年2月28日判決言渡-

判示事項
① 以上によれば、審決は、相違点2に係る本願発明の構成である「1.0μL未満の容量をもつキャピラリー室」とすることが容易想到であると判断するに当たって、引用例2に開示されているとした査定の理由とは異なり、甲10ないし12に基づき、サンプル室の容量を1μL以下としたものが周知であるとの理由によって結論を導いたことが認められる。そうすると、審判手続において、原告に対し、拒絶の理由を通知し、意見書を提出する機会を与えるべきであったにもかかわらず、その機会を付与しなかったから、特許法159条2項で準用する同法50条に違反する手続違背があり、この手続違背は審決の結論に影響を及ぼすというべきである。
したがって、審決は取り消されるべきである。
② 上記アのとおり、拒絶査定において、本願発明が容易想到であると判断した理由は、「1.0μL未満の容量をもつキャピラリー室」が引用例2に開示されていることを前提とするものである。そうすると、被告が、審決において、本願発明が容易想到であると判断した理由は、引用例2に「1.0μL未満の容量をもつキャピラリー室」が記載されているか否かとは関係がないと主張することは、審決の理由と拒絶査定の理由とが異なることを前提とするものであって、主張自体失当である。
③ 上記アのとおり、審決の理由は、査定の理由とは異なるものであり、原告は、平成20年4月21日付け意見書及び同年10月27日付け手続補正書において、「1.0μL未満の容量をもつキャピラリー室」を用いる技術が周知であるか否か、それが甲10ないし12に開示されているかについては反論していない。審判手続中で、原告に、意見を述べる機会が与えられていたとはいえない。したがって、被告の主張は採用できない。

事件の骨組
① 本願の経緯
平成14年11月18日  特許出願
発明の名称:マイクロ電極アレイよりなる電極、方法、装置
平成19年10月19日  拒絶理由通知
平成20年 5月13日  拒絶査定
平成20年 8月 4日  審判請求(不服2008-19718号事件)
平成22年 1月19日 「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決
平成22年 2月 2日  原告に謄本が送達

② 審決の概要
本願発明は、特開平8-320304号公報(甲1。以下「引用例1」という。)記載の発明(以下「引用発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから、本願は拒絶されるべきものであると判断した。
(ア) 相違点1   -省略-
(イ) 相違点2
キャピラリー室が、本願発明では、血液の流れに適した深さを有し、1.0μL未満の容量をもつのに対し、引用発明ではそのような構成であるか不明な点。

③ 原告の主張
平成19年10月19日付けの拒絶理由通知では、本願発明と引用発明との相違点1として、本願発明が「血液の流れに適した深さを有し、1.0μL未満の容積をもつキャピラリー室」を具備するのに対して、引用発明は容積が不明な点を認定した上、相違点1に記載の本願発明の具備する特定事項は特開2001-311712号公報(甲2。以下「引用例2」という。)に記載されているとされた。
一方、審決は、原告(請求人)に反論、補正の機会を与えず、「引用例1および2における『キャピラリー室の容量』は本願発明のものより大きく、『読み取りを得る時間』は本願発明のものよりも長い」として、拒絶査定とは異なる認定をした上、拒絶査定時に指摘されなかった文献である国際公開第01/73124号パンフレット(甲10)、国際公開第00/73778号パンフレット(甲11)及び国際公開第01/33216号パンフレット(甲12)に基づき、「サンプル室の容量を1μL以下としたものも周知である」ことを認定し、引用発明と甲10ないし12の記載から、本願発明は当業者が容易に発明をすることができたと判断した。
上記審判手続は、拒絶理由通知における引用例2の認定の誤りに対する原告(請求人)の反論の機会を奪っている点、及び、拒絶理由通知に示されていない甲10ないし12を引用例として用いた点において、手続的な瑕疵を有する。
以上のことから、審決は、特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反する審判手続によりなされたものであり、違法として取り消されるべきである。

④ 被告の反論
ア 審決は、「引用例1および2における『キャピラリー室の容量』は本願発明のものより大きく、『読み取りを得る時間』は本願発明のものよりも長い」としたが、本願発明は数値限定を伴った発明であるところ、本願明細書には、キャピラリー室の容量が1.0μL未満であることや、グルコース濃度の読み取りを得るのが検出後10秒以内であることの臨界的意義が記載されておらず、その格別な技術的手段についても記載されていないことから、引用例2に「1.0μL未満の容量をもつキャピラリー室」が記載されているか否かとは関係なく、本願発明の容易想到性を判断した。
したがって、審決が、拒絶査定の理由と異なる理由により判断したとはいえない。
イ 審決は、極めて常識的で周知性が高く当然又は暗黙の前提となる事項を、容易性の判断の過程で補助的に用いるために、甲10ないし12を提示したものにすぎない。
そうすると、甲10ないし12は、当業者ならば当然知っているはずの事項を提示したものにすぎないから、この周知技術に対して意見を申し立てる機会を与えなかったからといって、手続的に違法であったとはいえない(知財高裁平成19年3月14日(平成18年(行ケ)第10348号)判決、東京高裁平成16年10月18日(平成15年(行ケ)第373号)判決、東京高裁平成16年8月31日(平成15年(行ケ)第177号)判決参照)。
以上のとおり、審決において、周知例である甲10ないし12を用いたことにより、原告(請求人)の反論、補正の機会が不当に奪われたとはいえない。
ウ 審決は、本願発明と引用発明とを対比し、相違点については、容易に想到し得る事項と判断している点において、拒絶理由及び拒絶査定における論理付けと一致している。また、原告は、平成20年4月21日付け意見書及び同年10月27日付け手続補正書において、本願発明が引用発明から容易に想到し得ないものである旨の反論を行っている。
したがって、拒絶理由及び拒絶査定で提示された一部の引用文献を、審決においては引用例として用いることなく、本願発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした点が、特許法159条2項で準用する同法50条に違反し、手続的に違法であったとはいえない。

                   (要約 たくみ特許事務所 佐伯憲生)

  原告  エフ ホフマン-ラ ロッシュ アクチェンゲゼルシャフト
  被告  特許庁長官